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ロシア帝国の不凍港を得たいという思いがトルコ軍楽廃止に繋がった?

ロシア帝国の不凍港を得たいという思いがトルコ軍楽廃止に繋がった?

ロシア帝国の年間を通しても凍らない不凍港を獲得したいという願い
→ロシア帝国の南下政策に繋がる

→南下政策の具体的な成果としてのキュチュク・カイナルジャ条約

1744年:キュチュク・カイナルジャ条約(トルコ語:Küçük Kaynarca Antlaşması , ロシア語:Кючук-Кайнарджийский мирный договор)
→オスマン帝国とロシア帝国との間に結ばれた露土戦争後の条約。
ブルガリアのキュチュク・カイナルジ(トルコ語:キュチュク・カイナルジャKüçük Kaynarca)で条約を締結。1774年7月21日締結。

キュチュク・カイナルジはドブルジャ(or ドブロジャ)地方(ブルガリア語:Добруджа , Dobrudzha , ルーマニア語:Dobrogea , トルコ語:Dobruca , 英語:Dobruja , Dobrudja)にある。

ドブルジャ(or ドブロジャ)地方は、ドナウ・デルタを含むドナウ川下流域から黒海にかけての一帯を指す地名。北部がルーマニア領、南部がブルガリア領。(ドブロジャはルーマニア語での呼び方で、ブルガリア語ではドブルジャという)ブルガリアからルーマニアにまたがる歴史的な地域名。

キュチュク・カイナルジは現在のブルガリア、シリストラ州(ブルガリア語:Област Силистра , ラテン文字転記:Oblast Silistra , トルコ語:Silistre ili、ルーマニア語:Regiunea Silistra)、カイナルジャにあたる

シリストラ州は、ブルガリア北東部、南ドブルジャ地方に位置するブルガリアの州。州都:シリストラ。2001年調査によると、自身をブルガリア人と規定する者は全体の59.3%、トルコ人は34.3%。

カイナルジャ(ブルガリア語:Кайнарджа , ラテン文字による表記:Kaynardzha , Kajnardža, Kainardja, Kaynardja, Kajnardja, Kaynarja, Kainarja, Kainardzha, Kajnardzha など)はブルガリアの北東部、シリストラ州にある村。

この条約でオスマン帝国はロシアに黒海の支配権を奪われ、クリミア・ハン国の支配権を放棄させられた。さらに、オスマン帝国は、帝国内に住む正教会信徒の保護権をロシアに与えたため、以後これが内政干渉の口実となった。

クリミア・ハン国(クリムハン国):15世紀後半にオスマン帝国の属国となり、1783年ロシア帝国に滅ぼされた。

日本語版Wikipedia"オスマン帝国#近代化をめざす「瀕死の病人」"によれば

~18世紀末に入ると、ロシア帝国の南下によってオスマン帝国の小康は破られた。1774年、キュチュク・カイナルジャ条約によって帝国は黒海の北岸を喪失し、1792年にも再び敗れてロシアのクリミア半島の領有を認めざるを得なかった。改革の必要性を痛感したセリム3世は翌1793年、ヨーロッパの軍制を取り入れた新式陸軍「ニザーム・ジェディード」を創設するが、計画はイェニチェリの反対により頓挫し、廃位された。かつてオスマン帝国の軍事的成功を支えたイェニチェリは隊員の世襲化が進み、もはや既得権に固執するのみの旧式軍に過ぎなくなっていた~


露土戦争は何回もある。
その中で、

・露土戦争 (1768年) (1768年 - 1774年):キュチュク・カイナルジ条約で講和。
・露土戦争 (1787年) (1787年 - 1792年):ヤシ条約で講和。

「1792年にも再び敗れて」はヤシ条約の話?
→日本語版Wikipedia"セリム3世"に

~ロシア帝国(ロマノフ朝)との戦いに敗れて1792年、ヤシ条約を締結することで和睦したが、その代償としてクリミアとグルジアにおける領土を割譲せざるを得なくなった~

こちらの記事ではニザーム・ジェディードの創設は1807年になっている。

~1807年、イエニチェリを廃して西洋式の軍制である「ニザーム・ジェディード」を創設しようとしたため、イエニチェリの反乱によりセリム3世は廃されてしまった。そして翌年、48歳で死去した(イエニチェリによる殺害と言われている)~

→2010/06/13追記。
興亡の世界史10 オスマン帝国500年の平和、林佳世子、2008年、講談社
 第8章 オスマン体制の終焉 1770-1830
  第一次露土戦争の衝撃
   非正規兵に頼るオスマン軍
によれば
「1793年設立のセリム三世の新軍(ニザーム・ジェディード軍)…」とあるので
1793年が正しいと思われる

28代セリム3世の次が29代ムスタファ4世。→非常に短い治世で終わる
→その次が30代マフムト2世。

マフムト2世によって1826年イェニチェリ廃止
→トルコ軍楽(Mehter)も行なわれなくなった

28代セリム3世~30代マフムト2世までの西洋式軍隊創設、イェニチェリ廃止は繋がってる感じ。

DÜNYA presents
THE CONTINUATION OF OTTOMAN MUSIC
Bugüne bir Miras: Osmanlı Musıkisinin Devamı
http://www.dunyainc.org/fliers/Miras%20notes%20Oct%2005.doc

Dr. Mehmet Ali SANLIKOLによる文章によれば

1911年までににメフテルの全体のレパートリーは忘れられた
1911年、アフメド・ムフタル・パシャAhmet Muhtar Paşaによって学術的な研究と史実から再現?
その最初の再現ではトロンボーン・クラリネット・ピアノが使われた?

再興されるのは1914年。1826年から88年後。

---------------------------------------------------------
追記。2010/06/13
あらためて冷静に考えてみたら、「ロシア帝国の不凍港を得たいという思い」を「トルコ軍楽廃止」に繋げるのは、ちょっと無理がある。
もうちょっと後退させて「第一次露土戦争の敗北がトルコ軍楽廃止に繋がった」ぐらいが良いかな?

改定履歴
2010/06/13
セリム3世のニザーム・ジェディード軍設立の年について1793年が正しいだろうことを追記。
「第一次露土戦争の敗北がトルコ軍楽廃止に繋がった」ぐらいの見解に考えを変えたことを追記。

参考
Wikipediaは2010/05/01閲覧

オスマン帝国#近代化をめざす「瀕死の病人」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%B3%E5%B8%9D%E5%9B%BD#.E8.BF.91.E4.BB.A3.E5.8C.96.E3.82.92.E3.82.81.E3.81.96.E3.81.99.E3.80.8C.E7.80.95.E6.AD.BB.E3.81.AE.E7.97.85.E4.BA.BA.E3.80.8D

キュチュク・カイナルジ条約
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%81%E3%83%A5%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%82%B8%E6%9D%A1%E7%B4%84

Treaty of Küçük Kaynarca
http://en.wikipedia.org/wiki/Treaty_of_K%C3%BC%C3%A7%C3%BCk_Kaynarca

Dobruja
http://en.wikipedia.org/wiki/Dobruja

ドブロジャ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%A3

シリストラ州
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E5%B7%9E

Kaynardzha
http://en.wikipedia.org/wiki/Kaynardzha

kotobank
クリムハン国(デジタル大辞泉,小学館)
http://kotobank.jp/word/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%A0%E3%83%8F%E3%83%B3%E5%9B%BD

露土戦争
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%B2%E5%9C%9F%E6%88%A6%E4%BA%89

セリム3世
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%AA%E3%83%A03%E4%B8%96

ムスタファ4世
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%95%E3%82%A14%E4%B8%96

マフムト2世
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%95%E3%83%A0%E3%83%882%E4%B8%96

関連記事
メフテルの廃止
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-90.html
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