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ソラクザデ(1658没)について

NewGROVE Music Dictionaryの"Ottoman Music"(オスマン音楽)(WALTER ZEV FELDMANによる文章)によれば1580年から1700年の時代の記述のなかにソラクザデの記述がある。1580年から1700年の時代のペシュレヴについて書いたところで

~器楽は主にティムール朝のピシュロウに由来する前奏曲(序曲)ペシュレヴを包含した。主要なペシュレヴの作曲家はハサン・ジャン(1567没)、クリミア・ハンのガーズィー・ギレイ(1554-1607)、ムスカリ・ソラクザデ(1658没)、スルタン・ムラド4世(1623-40)、そしてこの時代の終わりではギリシア人タンブーリー・アンゲリ(1690?没)を含む~

Instrumental music principally comprised the prelude peşrev, derived from the Timurid pishrow.
Major peşrev composers include Hasan Can (d 1567), the Crimean Khan Gazi Giray (1554–1607), Mıskali Solakzade (d 1658), Sultan Murad IV (1623–40) and, towards the end of this period, the Greek Tanburi Angeli (d ?1690).

※ムスカリ・ソラクザデ Mıskali Solakzade (1658没)。作品にNişâbur peşrev。Bezmârâの演奏で聞ける。楽譜あり。この曲のUsulはDevr-i kebir(14拍子)
※ムスカリMıskaliはパンパイプであるムスカルMıskalの奏者を意味する?→それで合ってると思う。

Opus111社販売のCD、演奏Bezmârâの"TURKEY SPLENDOURS OF TOPKAPI"(OPS 30-266)(フランス製)の解説書(ブックレット)にトルコ人の男性Fikret Karakayaが書いている文章があって(フランス語に翻訳したのはHegumen Andrew Wade。以下の文章は元は英語なのだが、誰が英語に翻訳したのかは書いていない。トルコ語→フランス語→英語に翻訳か?)、それによるとソラクザデは以下の通り。(トルコ語→フランス語→英語→日本語と翻訳を重ねていると思われるので情報の信頼性に注意)

メフメド・チェレビMEHMED ÇELEBI、通常ニックネームのソラクザデSOLAKZADE(「左利きの男の息子」)(訳注※1)によって参照される、は作曲家で歌手で歴史家でムスカルmıskal(訳注※2)の奏者、詩人、画家、イラストレーターだった。彼は16世紀の終わりにイスタンブールで生まれた、そして同じ街で1658年に死んだ。彼は、教育をエンデルンEnderun(訳注※3)で受けた、それは彼のとても若い年齢で始まった。スルタン・ムラド4世(訳注※4)の廷臣として、彼はその起源から17世紀中頃までのオスマン帝国の歴史を書いた。ほとんどの彼の器楽曲はアリ・ウフキーAli Ufkî(訳注※5)、カンテミルCantemir(訳注※6)、ケヴセリーKevserî(18世紀の音楽家、彼はカンテミルのものに似た作品のコレクションを同じ記譜法を使いながら編集し組み立てまとめた)によって我々に保たれ、貯蔵されている。しかしながら、彼に帰する確かな作品は、他の作曲家(その作曲家はまたニックネームのソラクザデを持った)の作品かもしれない。彼は、彼の時代だけでなく、オスマン音楽の全体の歴史で最も偉大なペシュレヴpeşrevの作曲家のひとりと考えられている。

訳注※1 -zâdeはペルシア語の接尾辞で「~の子孫」の意。なのでソラクザデSOLAKZADEはソラクSOLAKとザデZADEに分かれると思われる。ソラクSOLAKが「左利きの男」で、ザデZADEが「の息子」の意?
→2011/01/08追記。
トルコ語翻訳練習手帳: Bir çevirmen adayının alıştırma defteri
2007-09-18
[歴史小説] 新着本(1) 『デヴシルメ―イェニチェリになった二人のキリスト教徒』
http://d.hatena.ne.jp/cesur_civciv/20070918
の注より

1:solak(ソラック)とは、一般に「左利き」のこと。オスマン帝国時代には、イェニチェリ(スルタン直属の常備歩兵)軍団の60、61、62、63番中隊に与えられた呼び名である。このソラックたちの司令官にあたる四人のsolakbaşı(ソラックバシュ、中隊長)はスルタンの乗る馬を警護する任にあたっており、そのうち右側の二人が、スルタンの方を振り向くことなく的を射ることができるよう弓矢を左手に持つことから、「左利き」と総称されるようになった。イェニチェリの中でも特に身長が高く、勇敢で強靭で弓矢に秀で、従順で話し方もきちんとした者が選ばれたという

訳注※2 ムスカルmıskalはパンパイプの類。

訳注※3 エンデルンは内廷の意。

訳注※4 ムラド四世、ムラト4世、ムラト四世(オスマントルコ語: مراد رابع , そのラテン文字転記:Murād-i rābi‘ , トルコ語:IV. Murat)。1612年6月16日生まれ、1640年2月9日没。オスマン帝国第17代スルタン。在位:1623年-1640年。

訳注※5 Ali Ufkî Beyまたはボボウスキー(Wojciech Bobowski , Albert Bobowski , Albertus Bobovius , Alberto Bobovio)1610年生まれ、1675年没。17代ムラト4世(1623年-1640年)、18代イブラヒム(1640年-1648年)、19代メフメト4世(1648年-1687年)の治世の頃活躍。トルコ古典音楽をはじめて採譜した。彼の「器楽と歌謡集成」Mecmûa-i Sâz ü Sözは大英図書館にある。

訳注※6  ディミトリエ・カンテミールDimitrie Cantemir。トルコ名:カンテミルオオルKantemiroğlu。1673年生まれ、1723年没。モルダヴィア(現在のルーマニア)出身。アラビア文字を利用した独特の文字楽譜によって16~17世紀の350余りの器楽曲を採譜した「文字による音楽の知識の書Kitab-ı İlmü'l-Musiki alâ Vechi'l-Hurufât」をオスマントルコ語で著して第21代スルタン、アフメド2世に献呈した。彼の考案した文字譜は画期的なものだったがトルコにおいて広まることはなかった。

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追記2010/04/08

この人の名前

ソラクザデ Solakzade
ムスカリ・ソラクザデ Mıskali Solakzade
メフメド・チェレビ MEHMED ÇELEBI
ソラクザデ・メフメド・ヘムデミー Solakzade Mehmed Hemdemî
ソラクザデ・メフメド・ヘムデミー・エフェンディ Solakzade Mehmed Hemdemî Efendi

とも言うらしい

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追記2010/04/16
国立国会図書館アジア情報室には
“صولاق‌زاده تاریخی”(『ソラクザーデの年代記』)というオスマントルコ語史料があるらしい。

リサーチ・ナビ
国立国会図書館
アジア情報室所蔵資料の概要: 中東・北アフリカ関係資料: 図書
更新日:2009年7月 2日
http://rnavi.ndl.go.jp/asia/entry/asia-02data-middle-bk.php
より


国立国会図書館アジア言語OPAC
http://asiaopac.ndl.go.jp/
で検索したら以下のページが出てきた
項目名 内容
  [1000057142] 図書 洋書
  書名/著者 صولاق‌زاده تاریخی / [صولاق‌زاده ديمكله شهر تشعار محمد افندى]
  出版事項 ‫استانبول : محمود بك مطبعه‌سی , 1297 ‭[1879 or 1880]‬
  形態 773 p. ; 24 cm
  他の書名 見出し標題:تاریخ صولاق‌زاده
  一般注記 Caption title: تاریخ صولاق‌زاده
  一般注記 Date on first page of text: 1298, i.e. 1880 or 1881
  著者情報 Solakzade, Mehmet Hemdemî Çelebi, 1590-1657 <>
  件名 LCSH :Turkey -- History -- 1288-1453
  件名 LCSH :Turkey -- History -- 1453-1683
  分類 NDLC:GE725
  分類 LCC:DR486

ここの著者情報によればSolakzade, Mehmet Hemdemî Çelebiは1590年生まれ-1657年没?


Jのページにようこそ
書庫
2002年度卒業論文
オスマン朝王家の兄弟関係の変質
-兄弟殺しはどのように起こったか-
西南アジア史学科 
平成11年入学
Ⅵ・Ⅶ章
http://www.geocities.jp/j_since199x/ronbun/6.7.htm


~Mahmud BeyのSolakzade Tarihi~中略~といった史書

の記述がある。

http://en.wikipedia.org/wiki/Zurna#In_Turkey
(2010/04/16閲覧)に

Solakzade Mehmed Hendemi (who was also a very famous historian)

の記述あり

改定履歴
2010/04/08
ソラクザデの名前のいろいろな表記について追記
2010/04/16
国立国会図書館アジア情報室の資料などについて追記
2011/01/08
solak:「左利き」について追記

関連記事
ガジ・ギレイ・ハン2世(1554-1608)と音楽
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-68.html
Ali Ufki BeyのWojciechの読み方
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-84.html
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ジャンル : 音楽

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