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クタドゥグ・ビリグについて

クタドゥグ・ビリグについて調べてみた

http://muse.jhu.edu/journals/asian_music/v036/36.1bektas.pdf
より

Relationships between Prosodic and Musical Meters in the Beste Form of Classical Turkish Music(Tolga Bektaş著,Asian Music
Volume 36, Number 1, Winter/Spring 2005)

The first example of the usage of Turkish arûz is seen in the text called Kutadgu Bilig (The Knowledge of Happiness) by Yusuf Hass Hājib, which dates to the eleventh century.

(筆者訳)トルコのアルーズの用法の最初の例はユスフ・ハッス・ハージブ(11世紀)にクタドゥグ・ビリグ(幸福に関する知識)と呼ばれたテキストに見られる。

http://www.byegm.gov.tr/YAYINLARIMIZ/kitaplar/turkiye2009/japan/432-433.htm
より

文学
 イスラム化とトルコ文学

ユスフ・ハス・ハジブによって書かれた、トルコ文学の最も古い作品である『クタドゥグ・ビリグ』(11世紀)には、宗教、国家、政治、教育などに対する考えと訓戒が含まれている。

http://www.ne.jp/asahi/arc/ind/6_china/western_2/2west.htm
より

中国のイスラーム建築
 神谷武夫
  中国 西部のイスラーム建築 - 2
   新疆ウイグル自治区のイスラーム建築
玉素麻扎 (ユースフ廟) YUSUF MAZA *
 
 カシュガル市内に残る有名な廟は、1070年頃に創建されたという ユースフ・マーザーである。これは カラハン朝の大侍従を勤め、詩人・学者でもあった 玉蘇甫・哈斯 哈吉甫 (ユースフ・ハース・ハージブ)(1019 -1085?) の陵墓とされる。 彼はウイグル人で、現存するトルコ・イスラーム文学最古の作品とされる 『福楽智恵』 (クタドゥグ・ビリグ) を書いた。これは 1万3000行を超える長詩で、君主の徳育の書でありながら、11世紀のトルコ・ウイグル社会の百科全書ともなっている。カシュガルで宮廷生活を送って没した後、巴迪哥 (バディゲ) に葬られたが、トゥマン川の氾濫による 洪水の危険があったため、現在の地に移された。しかし もう一説では、これはカラハン朝のスルタンで、和田 (ホータン) 国を征服した、優素福・本・哈桑・迪尓汗 (ユースフ・ブン・ハッサン・カディル) の廟であるという。1032年の創建というが、後にユースフ・ハース・ハージブと同一化されたのかもしれない。

http://www.tcat.ne.jp/~eden/Hst/dic/karakhan.html
より

1069
 最初のトルコ語文学『クタドグ・ビリク (Kutadgu Bilig)』が書かれる。ベラサグンの詩人・哲学者ユスーフ・ハス・ハジップ(1012~1077?)が国王アルスランのために書いた教訓詩で、書名は「幸福に関する智恵」の意。ユートピア哲学をカシュガル方言の中世トルコ語で綴っている。イスラム化したトルコ人が古代ウイグル文字を用い、初めてトルコ語で書いた作品として重要であり、中世トルコ文学の代表作とされる。

http://www.turkiyemiz.gen.tr/japan/448-449.htm
より

イスラム化とトルコ文学
 ユスフ・ハス・ハジブによって書かれた、トルコ文学の最も古い作品である「クタドゥグ・ビリグ」(11世紀)は、簡潔で純粋なトルコ語の特徴を有している。この作品には、宗教、国家、政治、教育などに対する考えと訓戒が含まれている。イスラム文化の影響下にあるトルコ文学のもう一つの重要な作品は、カシュガル人のマフムトによって書かれた「ディーヴァーヌ・ルガティット・テュルク」(「諸トルコ語辞典」)である。両作品ともトルコ語の南西方言であるハーカニエ・トルコ語で書かれている。

http://www.bunkyo.ac.jp/faculty/lib/slib/kiyo/Int/it1802/it180204.pdf
より
〔研究ノート〕
カラハン王朝と新疆へのイスラム教の流入
──新疆イスラム教小史 ①──
丸山鋼二

7 カラハン朝のトルコ・イスラム文化

東西分裂後の東カラハン朝は文化史上特筆すべき業績を残した。それは、東隣のトルファン・ウイグル王国(高昌回鶻王国)で栄えたトルコ・仏教文化に対して、トルコ・イスラム文化の育成者としての歴史的意義である。東カラハン朝では大ハンのハサン・イブン・スレイマン(1074~1102年、「哈桑・本・蘇莱曼」)が「正義と宗教の保護者」と称し、アッバース(「阿抜斯」)朝を正統と奉じて、引き続きイスラム統治を行っていた。

そのスレイマン時代の1069年(1070年)、首都カシュガルで宮廷人として過ごしたベラサグン生まれのユースフ・ハーッス・ハージブ(Yusup Khas Hajip、「玉蘇・哈斯・哈吉」)が1年半の歳月をかけて君主のあるべき姿、主君の守るべき道徳的心得を説いた『クタドゥグ・ビリグ(幸福になるために必要な知識)』を書いて、スレイマン君主に献呈した。この功によりハージブはカラハン朝の大侍従に任命された。
この書物は一種の教訓・道徳書であるが、アラビア文字を用いたカラハン朝トルコ語の韻文で書かれ、現存するトルコ・イスラム文学最古の作品であるとされている。その内容は当時の結婚観、社会構成の記述など多岐にわたり、11世紀トルコ人社会に関する百科事典として利用することも出来る貴重な歴史史料でもある。現在、ハージブはウイグル人の文化的英雄として再評価され、美しい墓廟(「玉蘇・哈斯・哈吉麻扎」)が再建されている。かれは死後カシュガル郊外に埋葬されたが、その後トマン川(吐曼河)の氾濫を避けて、現在地であるカシュガル市第十二小学校の敷地内に移された。

追記

http://www.bunkyo.ac.jp/faculty/lib/slib/kiyo/Int/it1901/it190109.pdf
より
文教大学国際学部紀要 第19巻1号 2008年7月
〔研究ノート〕モンゴル帝国期東トルキスタンの宗教─新疆イスラム教小史 ②─
丸山 鋼二

3 新疆西部・南部の宗教状況:イスラム世界

~カラハン朝期の11世紀に、ユースフ・ハーッス・ハジーブは『クタドゥグ・ビリグ(福楽の智慧)』(1069年)の中で、ムスリム信仰の衰退と悪しき風潮を嘆いていた。~

追記

http://www.maruron-ac.net/ngu-u/public/V02010_choord.php?ID=9504
より

学術論文:その他
On the Structure and Form of Kutadgu Biling
西脇隆夫著
1998年10月 名学大論集言語・文化篇 10-1

要旨:古代ウイグルの詩人ユスフ・ハス・ハジフが創作した長編の教訓詩「クタドゥグ・ビリグ」について、4人の登場人物による対話によって物語が構成されていること、このような体裁はアラブ・ペルシャ文学において同じような内容の作品に見られないことを論証した。
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