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ハンパルスムについて

Turukish Music Portalより

http://www.turkishmusicportal.org/composer.php?id=212

Composers and Performers / Turkish Classical Music / Non-Muslim Composers and Performers of Turkish Music

COMPOSERS AND PERFORMERS

HAMPARSUM LİMONCUYAN (VİOLİNİST, ALSO KNOWN AS BAB

(1768-1839)

This famous Armenian composer and developer of a written notation system was born in Istanbul. and was sponsored by an Armenian family by the name of Düzyan. He took his first musical training from Zenne Bogos, and went to the Mevlevihânes and churches. In the Beşiktaş Mevlevihâne, he made the acquaintance of kudümzen İsmail Dede Efendi, and began taking lessons from him. He was then given an audience with Sultan Selim III, who encouraged him to work on his notation system. He was the head cantor at the Church of the Virgin Mary. In addition to playing violin and tanbur, he also sang from time to time. With his notation system, he collected many works into six volumes, thus rescuing them from oblivion.

(適当訳)
ハンパルスム・リモンジュヤン(ヴァイオリン奏者(訳注※1)、またババ(訳注※2)として知られる)
(1768-1839)

この有名なアルメニア系作曲家で記譜法の開発者はイスタンブールに生まれた。そしてドゥジャンという名の(訳注※3)アルメニアの一族によって後援された。彼は最初の音楽訓練をゼンネ・ボゴスから受け、そしてメヴレヴィハーネと教会へ行った。ベシクタシュ・メヴレヴィハーネでクドゥムゼン・イスマイル・デデ・エフェンディと知り合いになり、彼からレッスンを受け始めた。彼はそれからセリム3世(訳注※4)との謁見を与えられた(訳注※5)(セリム3世は彼が記譜法に取り組むよう奨励した)。彼は処女マリア教会の聖歌隊の指揮者の長だった。ヴァイオリン(訳注※6)とタンブールを演奏するのに加えて、彼はまた時々歌った。彼の記譜法で、彼は6冊の書に多くの作品を集めた、このようにして忘却からそれらを救った。

訳注※1 トルコ語版の記事ではケマーニー Kemânî(=ケマーン Keman奏者)
訳注※2 英語版ではBABとあるが、トルコ語版の記事を参照するとババ・ハンパルスム Baba Hamparsumとあるので英語版のつづり間違いと判断し、「ババ」とした。
訳注※3 byが2回出てくるのが良くわからない。
訳注※4 表記はセリム3世でなくセリム三世でも良いかも。
訳注※5 audienceは(正式な)引見、謁見、拝謁の意?
訳注※6 トルコ語版の記事ではケマン Keman。


http://www.turkishmusicportal.org/composer.php?id=212
でトルコ帽をかぶった白黒の顔写真?を見ることが出来る。
→1839年没で写真はありえるのかな?ダゲレオタイプがフランス学士院科学アカデミー?で発表されたのが1839年8月11日。

同様に
http://www.turkishmusicportal.org/composer.php?id=212
でSeni bir şuh-i cihan derler idi gerçek imişという彼の曲を聞くことが出来る。

http://www.notahavuzu.com/によれば

Seni bir şûh-i cihan derler idi gerçek imiş
Form:Aksak Semâî
Makam:Bayâti Araban
Bestekâr:Hamparsum Limoncuyan
Güftekâr:_
Usûl:Aksak Semâî
TRT Repertuar No:9502

曲名:Seni bir şûh-i cihan derler idi gerçek imiş
形式:アクサク・セマーイーAksak Semâî
マカム:バヤーティ・アラバンBayâti Araban
作曲:ハンパルスム・リモンジュヤンHamparsum Limoncuyan
作詞:_
ウスル:アクサク・セマーイーAksak Semâî
TRTレパートリー番号:9502

NOTAARSİVLERİ.COM 38.000 NOTA
http://notaarsivleri.com/index.html
のTÜRK SANAT MÜZİĞİ →BAYATİARABANからpngの楽譜を入手可能。
これによればウスールはアーウル・アクサク・セマーイーAğır Aksak Semaî(10/4拍子)
作曲者はHampartzum Limonciyanというつづり。ハンパルツム・リモンジヤン?

Neyzen.comにpdfの楽譜有り
http://www.neyzen.com/beyati_araban.htm
こっちでも綴りはHampartzum Limonciyan。
ウスールはアーウル・アクサク・セマーイーAğır Aksak Semaî(10/4拍子)

http://www.hamparsum.net/nedir/Limonciyan.html
では以下の通りの文章。顔写真?は写真ではなく、絵。

LİMONCİYAN, HAMPARSUM (1768/1839)

Beste ve derin incelemeleriyle tanınan sanatçı İstanbul'da doğmuştur. Hamparsum Efendi'nin en dikkate değer özelliği Türk Musikisi ile Batı musikisini bilgi olarak aynı eşitlikle şahsında toplamasıdır. Gregoriyen Ermeni kiliselerinde koro ve ilahi dersleri verirken, Beşiktaş Mevlevihanesi'nde Dede Efendi'den Türk Musikisi öğrenimi görmüştür. Bu arada en mühim hizmetlerinden biri, Abdulbaki Nasır Dede'nin nota yerine kullandığı işaretlerin yetersizliğini görerek yeni bir nota bulmasıdır.Bu buluşuyla Dede Efendi'nin takdirini kazanan Limonciyan Efendi, kendi adıyla (Hamparsum Notası) diye anılan bu notasıyla birçok bestesinin kaybolmasının önüne geçmiş ve böylece musikimize paha biçilmez bir hizmette bulunmuştur. Bu nota Donizetti Paşa'nın gelip batı musikisi notasını tanıtıncaya kadar kullanılmıştır. Hamparum Efendi'nin kilise ilahilerinden başka çeşitli makamlarda bestelediği şarkıları da vardır. İstanbul'da vefat etmiştir.

トルコ語で良くわからないが、彼のことを
Hamparsum Efendi
Limonciyan Efendi
と呼ぶ呼び方もある?

またDede Efendiの名前が見える→クドゥムゼン・イスマイル・デデ・エフェンディはハンマミザデ・イスマイル・デデ・エフェンディと同じ?
Abdulbaki Nasır Dede アブドゥルバキ・ナスル・デデという名前も見える
Donizetti Paşa ドニゼッティ・パシャの名前も見える

http://mto.societymusictheory.org/issues/mto.04.10.2/dis.10.2.html

Karamahmutoglu, Gulay. "Hamparsum Notation Manuscripts at Istanbul Ataturk Library." ITU Turkish Music State Conservatory, December 1999.

ABSTRACT: Hamparsum Notation is a note writing system developed by Hamparsum Limonciyan (1768-1839) who was encouraged and demanded by Sultan Selim III. This system is technically bases on Khaz notation system, which used by the Ancient Armenian Church. Hamparsum notation has proved useful to thousands of compositions have been come down today.

This study regarding "Nr: 1637 Hamparsum Notation Manuscripts at Istanbul Ataturk Library" has been prepared to transform all compositions in this book into today's international musical notation system. A preliminary knowledge concerning the history and the development of the notation has been given as introduction. In chapter II, history, transcription and the use of Hamparsum Notation in Turkish Classical Music have been presented. The detailed knowledge about manuscripts, which formed the theme of this thesis, has been given in chapter III. And in chapter IV, a list of the compositions in manuscripts and the transcriptions of the notations have been taken part. An acquirement concerning manuscripts and the determinations have been given in conclusions. The original photocopies taken from manuscripts also exist in appendix section.

という文あり。

(適当訳)
ギュレイ・カラマフムトオウル?「イスタンブール・アタチュルク・ライブラリのハンパルスム譜手稿」

概要:ハンパルスム譜はセリム3世によって奨励され要求されたハンパルスム・リモンジヤン(1768-1839)によって開発された音符を書くシステム?である。このシステムは技術的に古代アルメニア教会で使われたカズKhaz記譜法に基づいている。ハンパルスム譜は今日落ちた?何千もの作品に有用であることが分かっている。

「イスタンブール・アタチュルク・ライブラリのNr:1637ハンパルスム譜手稿」に関するこの研究は、この本での?すべての作品を今日の国際的な楽譜に変えるために準備された…(以下略)

http://en.wikipedia.org/wiki/Hampartsoum_Limondjian
を参照

アルメニア語では
Համբարձում Լիմոնջեան
という綴りとのこと
1768年6月29日イスタンブールのベヨオル地区のジュクル・ソカクで生まれた。
1839年、イスタンブールのハスキョイ地区の彼の家で71歳で亡くなった。
オスマン帝国時代のアルメニア系作曲家で、アルメニア教会音楽の音楽家で、トルコ古典音楽の音楽家で、ハンパルスム記譜法を開発した音楽理論家。
Համբարձում
という名前は西アルメニア語ではハンパルツム?と発音し、東アルメニア語ではハンバルズム?と発音する。意味はAscension(→アセンション、「昇天」?ちなみにAscension Dayはキリスト教で昇天日の意とのこと。昇天日はイースターから40日目の木曜日に行われ、キリストが復活して昇天したことを祝う日とのこと。)
トルコ古典音楽の世界ではババ・ハンパルスム(ファーザー・ハンパルスムの意→神父ハンパルスム?司祭ハンパルスム?)とも言われるとのこと。
彼の父はサルキス、母はガデリナ。
ハンパルスムは27歳で結婚し、6人の子を得た、そのうちのひとりはゼノプ・リモンジアン(1810-1866)で音楽家でネイ奏者だった。
ハンパルスムは例えばクリコル・カラサカリャン(1736-1808)やゼンネ・ボゴス(1746-1826)のような様々なアルメニア系の音楽家からアルメニア音楽のレッスンを受けた。彼はまたオスマン帝国でそれなりの?地位にあったアルメニア人ホヴハンネス・チェレビ・ドゥジャンの保護下に入った。
彼はアルメニア教会で第一歌手だった、またチーフ・ミュージシャン(楽長?)だった。
ベシクタシュ・メヴレヴィハネシで偉大なトルコの作曲家のひとりデデ・エフェンディからレッスンを受けた。
セリム3世の宮廷に受け入られた、そしてセリム3世治世下?の音楽のサークルのレギュラーメンバーになった
セリム3世のもとにはハンパルスム・リモンジアンとアブドゥルバキ・ナスル・デデの2つの記譜法が提示された。アブドゥルバキ・ナスル・デデのシステムはアブジャド(アラビア文字)システムに基づいていた。1813年から1815年の間の2年間に?ハンパルスムは記譜法を開発した。
ハンパルスム譜はխազ khaz カズと呼ばれるアルメニア教会で使われた古い記譜法に基づく?



A Short History of Turkish Mûsıkî
Ozan Yarman
(25 November 2002)
http://www.ozanyarman.com/files/musikihistory.pdf

Armenian originating musician who invented the notation system bearing his name Hamparsum of the Lemonsellers (1768-1838)
という一文が出てくる。ハンパルスム・リモンジュヤンの「リモンジュヤン」はもしかして「Lemonsellers」つまり「レモン売り」の意?

・アラビア語でレモンはリームーンとのこと。英語のレモンはアラビア語に由来するとのこと。

改定履歴
2010/02/04
Turukish Music Portalのハンパルスムについての記事の訳注を増やした。トルコ語版のハンパルスムの記事を参照。リモンジュヤンが「レモン売り」かもとの情報追加
2010/03/02
アラビア語のリームーンの話を追加

2013/05/03
関連記事に「オスマン帝国の芸術的な音楽:担う人々の多様性」を追加

2013/11/28
関連記事に「ハンパルスムとドゥジヤン家」を追加

関連記事
ハンパルスム(Hamparsum[1768-1839])作曲の声楽曲
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-52.html

オスマン帝国の芸術的な音楽:担う人々の多様性
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-202.html

ハンパルスムとドゥジヤン家
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-209.html
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