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江利チエミ「ウスクダラ」のÜsküdarはどこの場所か

江利チエミの歌った「ウスクダラ」の元はÜsküdar’a Gider İken Aldı Da Bir Yağmurという歌(Katibimという名前でも知られる)

関連記事
江利チエミ「ウスクダラ」
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-116.html

トルコ語の歌詞:

Üsküdar’a Gider İken Aldı Da Bir Yağmur,
Kâtibimin Setresi Uzun Eteği Çamur.
Kâtip Uykudan Uyanmış Gözleri Mahmur.

Kâtip Benim Ben Kâtibin El Ne Karışır,
Kâtibime Kolalı Da Gömlek Ne Güzel Yaraşır.

トルコ人の女性歌手サフィエ・アイラ Safiye Aylaによる歌(1949年録音)
江利チエミの歌った「ウスクダラ」の元はÜsküdar’a Gider İken Aldı Da Bir Yağmurという歌(Katibimという名前でも知られる)

関連記事
江利チエミ「ウスクダラ」
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-116.html

トルコ語の歌詞:

Üsküdar’a Gider İken Aldı Da Bir Yağmur,
Kâtibimin Setresi Uzun Eteği Çamur.
Kâtip Uykudan Uyanmış Gözleri Mahmur.

Kâtip Benim Ben Kâtibin El Ne Karışır,
Kâtibime Kolalı Da Gömlek Ne Güzel Yaraşır.

トルコ人の女性歌手サフィエ・アイラ Safiye Aylaによる歌(1949年録音)


トルコの場所が以下
http://tr.wikipedia.org/wiki/T%C3%BCrkiye

イスタンブルの場所が以下
http://tr.wikipedia.org/wiki/%C4%B0stanbul

Üsküdarの場所が以下
http://tr.wikipedia.org/wiki/%C3%9Csk%C3%BCdar,_%C4%B0stanbul





サフィエ・アイラ Safiye Aylaは女性歌手で、Şerîf Muhiddîn Targan(1892-1967)の奥さん。

Şerîf Muhiddîn TARGAN (1892-1967)
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-124.html
Şerîf Ali Haydar Paşa
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-125.html
Şerîf Ali Haydar PaşaはŞerîf Muhiddîn TARGAN (1892-1967)の父。この記事でサフィエ・アイラについて割と詳しく言及。

Raif Kara
Gramofon Koleksiyoncusu
の英語版の「Biographies of Artists」の中にもSafiye Aylaについて解説がある。英文。
http://www.gramofonkoleksiyoncusu.com/biographies.php

Safiye Ayla
(1907-1998)
Safiye Ayla is one of the most famous vocal artists of the Republic Period and left her mark on Turkish Art Music for 75 years.

Ayla was born in Istanbul in 1907. After she lost her father without being born and her mother when she was 3 years old, she was grown up in Caglayan Darüleytam in Bebek.
Ayla completed her education life in Bursa Teacher School for Girls following elementary education. Then although she worked as a teacher for a while, she did not make his occupation. Ayla beginning to play the piano at a young age took first music lessons from composer Mustafa Sunar at first and then famous composers and tunesmiths like Yesari Asım Arsoy, Sadettin Kaynak, Selahattin Pınar, Udi Nevras, Mesut Cemil and Refik Fersan etc after beauty of her voice was distinguished.

With support of Sunar, her first teacher, Ayla became a country-wide famous vocal artist after her first record. Each of about 500 records became best-sellers.

Ayla taking to the stage in the concerts of “Darüttalim-i Musiki Heyeti” in 1931 for the first time worked in Istanbul and Ankara Radio and Performance Board of Istanbul Conservatory.

One of Fans of Ayla vocalizing pieces in casinos for long years was Mustafa Kemal Ataturk. Mustafa Kemal taking pleasure from her voice often requested her to vocalize his favorite pieces in the meetings and dinner parties organized.

Safiye Ayla who was the most famous of female vocals being listened by a great number of audiences got married with lute player and composer Şerif Muhittin Targan in 1950 and received surname of her husband.

Ayla vocalized pieces in such a mensurable way, with a good elocution as well as excited and charming style. Smoothness in her voice could not be off tone in even squeal forms.

Long life adventure of Safiye Ayla came to an end in Istanbul on 14 January 1998.

関連記事
Baktıkca hüsn ü ânına hayran olur âşıkların
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-149.html
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テーマ : 民族音楽
ジャンル : 音楽

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Re: ウスクダラ

> こんにちは・はじめまして、白いりんごさん。
> ウスクダラねたで辿り着きました。
> ユダヤの音楽を追っかけています。
> http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b88733.html
>
> この本でも取り上げましたが、ルーマニアのユダヤ人が、きわめて早い時期に(1916年)、ウスクダラのメロディー、録音しています。
> http://www.amazon.com/Art-Cymbolom-Joseph-Moskowitz/dp/B0000002TY/ref=sr_1_6?ie=UTF8&qid=1313030497&sr=8-6
> 20曲目。
>
> 白いりんごさんはトルコの事情に詳しいようですね。
> これからも色々と教えてください。

コメント返信遅れてすいません。
とても興味深いコメント、ありがとうございます。
もしかして、松山大学の黒田先生でしょうか?
黒田先生にコメントを頂けるほどたいした事は書いていないので、なんだか申し訳ないです。(ここのブログはかなり適当に書いてます…)

ご紹介頂いた「クレズマーの文化史」は、今度読んでみようと思います。
Amazonのリンク先のCD "The Art of the Cymbolom(Joseph Moskowitz)"の20曲目"Medley of Turkish Melodies, for cymbalom & piano"を視聴してみましたが、確かにウスクダラですね。

Joseph Moskowitzの事を簡単に調べてみましたが1879年生まれ、1954年没で1908年にアメリカのボストンに来た、とのこと。
http://www.klezmershack.com/articles/moskowitz/

1908年引く1879年で29歳になるようですが、専制政治で有名なオスマン帝国第34代アブデュルハミト2世の治世が1876年から1909年、専制政治に反対した青年トルコ人革命が1908年7月蜂起ですので、そういった情勢とアメリカへの演奏旅行には何か関係があるのでしょうか。

ギリシア人の女性歌手のアマリア・バカ Amalia Baka、またアルメニア人のアヴェディス・ズィルジャン(三世) Avedis Zildjian IIIの事を思い出しました。

アマリア・バカはアメリカに移民したギリシア人の女性で、ギリシアの歌の録音を残しています(そのうちの少なくとも一つは1946年頃ニューヨークで録音)

(追記)
今、アマリア・バカについて調べたところ、
The Jewish Women of Rebetika
http://www.jmwc.org/announcements/2011/06/the_jewish_wome.html
が見つかりRoza Eskenaziと同じく、Greek Jewish female vocalistのようですね。今までギリシア人だと思っていました…

アヴェディス三世もアメリカに渡った人ですが(トルコからアメリカへ)、アルメニア人でズィル Zilというトルコのシンバルの職人の家に生まれた人です。アヴェディス三世の興したズィルジャン社は今日、シンバルの有名メーカーとして知られています。

>ユダヤの音楽を追いかけて
との事なので、トルコ古典音楽の世界で知られるユダヤ教徒の音楽家を少し宣伝させてください。トルコ古典音楽の世界ではムスリムだけでなく、たくさんのユダヤ教徒・ギリシア正教徒・アルメニア正教徒の音楽家が活躍していました。

■ボンジュクチュ・ムセヴィBoncukçu Musevi(?-1750)
ボンジュクチュ・ムセヴィの本当の名前は知られていない。彼の雅号はボンジュクチュである。彼の作品は、マフムト1世(在位:1730年~1754年)の時代に作られた古写本に記録されている。

■タンブーリー・ハハム・ムシェ・ファロ(ムシ)Tanbûrî Haham Muşe Faro (Musi)(?-1776)
タンブーリー・ハハム・ムシェ・ファロ(ムシ)は16世紀にポルトガルから移住したセファルディの子孫である。彼はオスマン芸術音楽を書いた。彼はまたシナゴーグの音楽に専念した。タンブーリー・イスハクTanbûrî İshakに教えたのはおそらく彼だった。1751年に大使館の書記シャルル・フォントンCharles Fontonはムシをスルタン・マフムト1世の宮廷での第一級の音楽家の一人として描写した。ムシの器楽曲、11曲が伝えられている(5つのペシュレウpeşrev、5つのサズ・セマイsaz semaî、1つのセマイsemaî)

■タンブーリー・イスハクTanbûrî İshak(イサーク・フレスコ・ロマノIsaac Fresco Romano)(1745-1814)
イサーク・フレスコ・ロマノ(タンブーリー・イスハク)はタンブールtanburとケマンkemanのヴィルトゥオーソだった。そしてスルタン・セリム3世(1789-1807)の宮廷に出入りした。彼はスルタンにタンブールを演奏することを教えた。そしてまたシナゴーグにおいて歌手として活動した。今日まで伝えられている彼の作品は 37のペシュレヴpeşrev、28のサズ・セマイsaz semaî、5つのベステbeste、1つのアウル・セマイağir semaî 、3つのユリュク・セマイyürük semaîに加えて多数の宗教詩を含む。

■ムスルル・ウディ・アヴラム・イブラーヒム・エフェンディMısırlı Udi Avram İbrâhim Efendi(1872-1933)
アラブのユダヤ人ムスルル・ウディ・アヴラム・イブラーヒム・エフェンディはオスマン宮廷でのウードの最後の偉大な達人だった。すべて西洋の記譜法による、500の作品が存在する。確実に彼の作品とみなされるのは56曲だが。ウディ・ムスルルは 声と器楽の即興演奏(ガゼルgazel とタクスィムtaksim)がレコードになった最初のトルコの音楽家のひとりだった。

■イサク・ヴァロンIsak Varon
イサク・ヴァロンはガリポリで生まれた。しかし彼の人生の最初の部分をサロニキですごした。1918年のオスマン帝国の崩壊に従って、彼はイスタンブルに移動した。そこで彼は音楽雑誌を出版した。そして音楽家としてレコード盤に録音を残し、またプロデューサーとしてレコード盤を作成した。彼は83の作品を残した。

(L'Orient ImaginaireのYehudi Jewish Music from the SeraglioというCDの解説書[文章:Vladimir Ivanoff]の一部を適当に翻訳したものです)

>これからも色々と教えてください
こちらこそ、色々と教えてください。よろしくお願いします。

Re2: ウスクダラ

8月11日のコメント、長く放置したためか、上手く表示させることが出来ません。
ごめんなさい。
返信で引用したコメントが書いてあります。(投稿者:黒田晴之さま)

Re3: ウスクダラ

しまった…
ルーマニアの歴史では1881年~1947年は「ルーマニア王国」の時代ですね。
Joseph Moskowitzはルーマニア王国のカロル1世(1839-1914)の治世の下で暮らしていたのですね。
アブデュルハミト2世とか青年トルコ人革命とかはまったくの見当違いでした。

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Re: ウスクダラ関係

> 白いりんごさん
>
> あまりにも頭がウニ状態なので、自分が書き込みしたことさえ忘れ、たいへん申し訳ございません(実家で飼っていたイヌは、自分がもらったご馳走の骨を、土のなかに埋めるのですが、あとで忘れて?状態になっていました、これと完全に同じです)。
> だけどこんなに詳細にフォローしていただき感激の至りです。
>
> この間に驚異的なコンパイルCDが出ました:
> http://www.amazon.com/What-Strange-Place-Ottoman-American-1916-1929/dp/B0050I2OF6/ref=sr_1_1?s=music&ie=UTF8&qid=1327743362&sr=1-1
> http://www.youtube.com/watch?v=Ur3JHkbkTuE
>
> これを聴くと旧オスマンの、ギリシャやアルメニアのラインが、いよいよ複雑に絡み合ってきます。
> アルメニアは自国の音楽文化を築こうと、イタリアから先生を呼んでいたようで(ドニゼッティの親類)、少しオペレッタ風味も加わっています。
> この辺の音楽からは目(耳?)が離せません。
>
> この曲にも興味津々です:
> http://en.wikipedia.org/wiki/Misirlou
> http://www.youtube.com/watch?v=ZLWGQECdVpw&feature=related
> http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=RN9hxISwquA
> クレズマーもときどきこの曲を演奏します。
>
> 黒田晴之

黒田晴之さま

コメントありがとうございます。

To What Strange Place : The Music Of The Ottoman-American Diaspora, 1916-1929、とても興味深いですね。MP3視聴の方を見てみましたが、ムスルル・イブラヒム・エフェンディ[1872-1933]の録音があったり(Disc3の1曲目)、ジェミル・ベイ[1871-1916](Disc3の5曲目)、サデッティン・カイナク[1895-1961](Disc3の13曲目)などトルコ音楽集かと思うと、Petros Kyriakosのようなギリシア系の名前、Nishan Sedefjianのような名前の末尾に-ianの付くアルメニア系の名前があったり…

トルコ古典音楽のアルメニア系音楽家についてはトルコのソニーBMGからErmeni BestekarlarというCDが出ていて興味深いです。有名なアルメニア系音楽家のケマーニー・タティヨス・エフェンディ(タテオス・エンクセルジヤン)[1858-1913]やビーメン・シェン(デルガザリヤン)[1873-1943]以外の、珍しいトルコのアルメニア系音楽家の作品が含まれています(アメリカに向かったのでは無く、フランスに渡ったOsep Ebeyan[1873-1959]など)

ミザルーは私も、とても興味津々です!
この歌の起源は、とても興味深いですね。
ギリシア人が演奏しているという古い録音を聞くと、音楽面ではオスマン帝国末期のレコード録音と似ているように感じます。また、Rabbi Nuftali Zvi Margolies Abulafiaという方の、名前からしてユダヤ系と思うのですが、1950年頃の録音を聞き、ユダヤのコミュニティでも歌われていた事に驚きました。

南米の方に向かったユダヤ教徒の音楽家も興味深いです。トルコのイズミルに生まれて、ウルグアイのモンテビデオで没したユダヤ教徒の歌手イザク・アルガズィIzak Algaziなど。

ミザルー、その他

白いリンゴさん

このたびも興味深い情報、ありがとうございます。
たまたまですがミザルー、(ぼくの知るかぎり)最古の録音が、YouTubeに見つかりました。
これはやはりTo What Strange Placeにも収録されています(Tetos Demetriadesによる歌です)。

http://www.youtube.com/watch?v=5hCTVyB8NNc

当のDemetriadesのSPが、一山いくらのような、叩き売り状態に近い値段で、オークションに出ていて、このミザルーを含めてゲットしたら、移民の別の歌も入っていました(ただいまSPのデジタル化、お願いしているので、Tetosの歌はまだ聞いていません)。
"TZIVAERI"という歌で、「古今を通じ最も有名な移民歌」とあり、歌詞も次のサイトにあります。
わたしの生活のために、あなたは出稼ぎに行った、というような内容でしょうか。

http://www.youtube.com/watch?v=P0WaNsKro-0

だけどもっと驚喜!したのは、これをあのアレクシーウが、歌っているということです。
かのじょの歌が本当に絶品です!。
小さなブズーキ一つで歌い上げる。あまりにも素晴らしすぎる、あまりにも美しすぎる!
かのじょのベスト・パフォーマンスの一つではないでしょうか。

http://www.youtube.com/watch?v=cQpKHExr21M&feature=endscreen&NR=1

> トルコのソニーBMGからErmeni BestekarlarというCDが出ていて興味深いです。
> トルコのイズミルに生まれて、ウルグアイのモンテビデオで没したユダヤ教徒の歌手イザク・アルガズィIzak Algaziなど。

これもぜひ入手して・追っかけてみたいと思っています。
あまり詳しくは知らないのですが、フランスではマルセイユ辺りにも、移民が流入していたようですね。

これからもぜひ色々と教えてください。
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