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江利チエミ「ウスクダラ」

ウスクダラ の和訳、その解釈について(あえて掲載)
http://blog.goo.ne.jp/udebu60827/e/cac9e0f359539e80b73585a0f2d6f49e
によれば

1954年(昭和29年)9月発売のヒット曲。

日本語版Wikipedia"江利チエミ"
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E5%88%A9%E3%83%81%E3%82%A8%E3%83%9F
では

ウスクダラ/夢みるあの人  1954年8月発売

とあり、8月発売になっている?

江利チエミの世界
 ディスコグラフィ
  SP
http://www.geocities.jp/chiemi_eri/chiemi_sub3-sp_list.htm
によれば

1954年(昭和29年)(→江利チエミ17才時)
の8月の欄に

ウスクダラ/夢みるあの人

編曲は両方とも村山芳男。演奏も両方とも、原信夫とシャープス&フラッツ。
マトリクス番号はウスクダラが10246、夢みるあの人が10247。レコード番号はCL-160。劇中歌など特記事項:ジャンケン娘

とある

→B面は「夢みるあの人」?

江利チエミ - ウスクダラ @ 舊式音樂 【日文老歌區】 :: Xuite日誌
http://blog.xuite.net/djinmylife2007/360do/25871178
にSPレコードの写真あり。

その写真に

KING RECORD
CL-160
ウスクダラ(トルコ語)
USKUDARA
-A TURKISH TALE
(音羽たかし訳詞・村山芳男編曲)
江利チエミ
原信夫とシャープス・アンド・フラッツ

との文字が見える
(音羽たかし訳詞・村山芳男編曲)のあたりは読み難いので間違っているかもしれない。

1954年(昭和29年)の紅白歌合戦に江利チエミは「ウスクダラ」で出た?

goo音楽
music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND41362/index.html
によれば

江利チエミ「ウスクダラ」
作詞:S.Lee 音羽たかし
作曲:S.Lee

とあるが

S.Leeは後述の英語版のアーサー・キットのものに関わった音楽家なのでは?

再度
ウスクダラ の和訳、その解釈について(あえて掲載)
http://blog.goo.ne.jp/udebu60827/e/cac9e0f359539e80b73585a0f2d6f49e
によれば

実は少し前の1954年(昭和29年)8月に雪村いづみの「帰らざる河 / ウシュカ・ダラ」が発売されているらしい。

で、これは元々アメリカの黒人女性歌手アーサー・キット Eartha Kitt(1927-2008)の1953年の曲"Uska Dara - A Turkish Tale"に由来

3丁目 屋根裏 秘宝館:ウスクダラ
http://rosta.exblog.jp/8315437/
によれば、「ミュージックマガジン」2008年4月号に『ウスクダラ』のルーツを探る原稿(高橋修)があって、そこによれば

~アーサーキットは1928年生まれ、詳細不明だがパリなどに渡ってアメリカに帰ってきたところの吹き込みであったらしい。
「derterk in america」という曲がナフトゥー・ブランドワインの演奏で残っているらしい。録音が1924年でクレツマー音楽らしい(クレツマーとは東欧のユダヤ人のゲットーなどで歌い・演奏されていた音楽)。

それでこの原稿で高橋修というひとは、マリーカ・パパギーカがアメリカの持ち込んでいたのではと推理している。
1918年から37年まで膨大なレコードを吹き込んだギリシア人シンガーだという~

とのこと。

ここではアーサーキットは1928年生まれ、とあるが、英語版Wikipedia"Eartha Kitt"
http://en.wikipedia.org/wiki/Eartha_Kitt
によれば1927年1月17日生まれ。こちらのほうが正しいかな?

英語版Wikipedia"Eartha Kitt discography"
http://en.wikipedia.org/wiki/Eartha_Kitt_discography
によると

1953: "Uska Dara - A Turkish Tale" / "Two Lovers" (US; RCA; 47-5284)

だそうなのでB面はTwo Lovers?

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2010/06/27追記

Wikipedia"ユスキュダル"
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%80%E3%83%AB
によると

ユスキュダル(Üsküdar)はトルコの西、アナトリアの西端に位置するイスタンブルの一地区。市の中心とはボスポラス海峡を経て相対するアジア側にあり、旧名スクタリ、古名クルソポリス、またウスクダルとも呼ばれる。

英語版Wikipedia"Üsküdar"
http://en.wikipedia.org/wiki/%C3%9Csk%C3%BCdar
で補完
→Üsküdarは古代ギリシアでChrysopolis (Χρυσόπολις) 中世ではScutari(on) (Σκουτάριον)

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同じ、「ミュージックマガジン」2008年4月号の内容を伝えるブログ

ウスクダラ
http://bukabukadon.seesaa.net/article/121870036.html
には「芸術新潮」2008年1月号に中村とうようが『世界をさすらう「ウシュカダラ」』という原稿を書いている、ともある。

~はんぶん以上はギリシアのポピュラー音楽であるレンベーティカの説明だが。

ギリシアとトルコは関係がふかいが、ここは省略して、トルコでまとめたCDブック『レンベーティカ』を紹介している。

このなかのヴァージニア・マンギドゥの『エクスタリ』という曲がウスクラダのメロディーらしい~

Amazonにページがある

レンベーティカレンベーティカ
(2007/11/11)
オムニバスローザ・エスケナージ

商品詳細を見る


ジャケット写真には3人写っているが、左下の男性は現代ギリシアの大衆歌謡レンベティカの音楽家パナヨティス・トゥンダス/Παναγιώτης Τούντας/Panayiotis Toundas(1886-1942)では?右下の女性はロザ・エスケナジ/Ρόζα Εσκενάζυ/Roza Eskenazi(1890頃?-1980)と思われる。

~このアルバムに収録されている多くは、<ギリシャのブルース>と呼ばれるレンベーティカ。イズミールやイスタンブールに生まれ、アテネ、アメリカに移住した音楽家たちが残した音源が中心です。そして最後のほうになって、アテネに登場した新世代、マルコス・ヴァンヴァカーリスなどが登場するわけですが、そういう意味でこの作品は、ギリシャ音楽としてのレンベーティカが誕生する瞬間の息吹を収録したアルバムと言えるかもしれません。 もちろん、アテネ新世代の音源が少ないからって、ブルージーな感覚が少ないわけではありません。一部収録されているアメリカに渡った音楽家たちの音源こそ、やや古典音楽的ですが、ギリシャ録音の多くは、ハッシシを売る港町の飲み屋で生まれたとされる音楽ならではの猥雑さが思い切り濃厚。特にローザ・エスケナージやリタ・アバジといった女性歌手たちのアバズレぶりはホレボレさせられます。そんな歌声が、ハバネーラにも通じる海の音楽らしいビートで歌われる曲などは、まさに地中海音楽のルーツ。こんなに味わい深い音楽は、ヨーロッパでもそうは存在しません。 ヨーロッパ音楽ファンだけでなく、アジアやアラブの歌ものがお好きなファンにも強くお勧めいたします~

このライス・レコード(日本のワールドミュージックのレーベル?)のCDの5曲目が「エスクタリ(ユスキュダル)」らしい。

興味深いことにこのCDの4曲目はローザ・エスケナージの歌うハリクラーキになっている。

→参考
Χαρικλάκι/Xariklaki/HariklakiとDarıldın mı gülüm bana/Esmerim güzelim
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-112.html

同じCDの情報が以下にもあって
レコードショップ芽瑠璃堂『V.A./レンベーティカ』(KLR804)
http://www.clinck.co.jp/merurido/dtl.php?ky=KLR804
次のようなことが書いてある。

~初期レンベーティカを楽しめる豪華ブックレット付き編集盤!
 
 トルコのカラン・レーベルからユニークな編集盤が登場しました。カランと言えばトルコの古典音楽の古い音源を積極的にリイシューしてきたレーベルですが、でもこれはトルコではなく、なんとギリシャの音楽。レンベーティカの初期音源を集めたアルバムだからビックリです。
 ただ、トルコとギリシャはいまでこそあまり仲が良いとは言えませんが、20世紀初頭にはイズミールやイスタンブールなどの港町にたくさんのギリシャ人が住んでおり、独自の文化を育んでいました。そんな中で生まれた音楽がレンベーティカです。それが1920年代にギリシャ人の大量退去にともなってアテネに渡り、さらにさまざまな音楽的要素と混じりあって、<ギリシャのブルース>と呼ばれるレンベーティカに発展しました。
 このアルバムに収録されている多くは、その元になったとされるレンベーティカ。イズミールやイスタンブールに生まれ、アテネ、あるいはアメリカに移住した音楽家たちが残した音源が中心に集められています。そして最後のほうになって、アテネに登場した新世代、マルコス・ヴァンヴァカーリスなどが登場するわけですが、そういう意味でこの作品は、ギリシャ音楽としてのレンベーティカが誕生する瞬間の息吹を収録したアルバムと言えるかもしれません。
 もちろん、アテネ新世代の音源が少ないからって、ブルージーな感覚が少ないわけではありません。一部収録されているアメリカに渡った音楽家たちの音源こそ、やや古典音楽的ですが、ギリシャ録音の多くは、ハッシシを売る港町の飲み屋で生まれたとされる音楽ならではの猥雑さが思い切り濃厚。特にローザ・エスケナージやリタ・アバジーといった女性歌手たちのアバズレぶりはホレボレさせられます。そんな歌声が、ハバネーラにも通じる海の音楽らしいビートで歌われる曲などは、まさに地中海音楽のルーツ。こんなに味わい深い音楽は、ヨーロッパでもそうは存在しません。
 そんな貴重音源をたっぷり収録したこのアルバムのもうひとつの魅力は、貴重写真満載の詳しいブックレット。しかも英語解説までついているのですから、至れり尽くせりです。今回のリリースでは、そんな詳しい解説の翻訳原稿をつけてお届けいたします。
 まさに2007年を代表する復刻アルバムのひとつ。ヨーロッパ音楽ファンだけでなく、アジアやアラブの歌ものがお好きなファンにも強くお勧めください~

kalanで作られたものをライス・レコードが輸入したのかな?

kalan.comで探してみた。
見つけた。

http://www.kalan.com/english/scripts/album/dispalbum.asp?id=4194

Rembetika
Songs of Love, Exile, Prison and Hash Dens
Collective

Classic Turkish Music
Kalan Music (388) , 2007
Cd-Booklet, Studio

Tracks

1- Dervis ve Rita (Dervisis Ke Rita / Dervish and Rita) 3'15'' Sample
2- Gazel Nihavent 3'28'' Sample
3- Eger Gurbete Gidersen (San Pas Ta Ksena / If You Leave For Foreign Lands) 2'54'' Sample
4- Hariklaki 3'04'' Sample
5- Uskudar (Eskutari) 3'04'' Sample
6- Arapi Gazel Usak 3'30'' Sample
7- Hanimlar (Ta Hanumakya / The Girls) 3'14'' Sample
8- Kanarya (To Kanarini / Canary) 3'14'' Sample
9- Galata Manes ''Adam Aman'' 3'27'' Sample
10- Kadife (Kadifes / Velvet) 3'20'' Sample
11- Nargilenin Sesi / Yedikule (I Foni Tu Argile / The Voice of the Nargile) 3'07'' Sample
12- Siros Adali Katolik Kiz (Frangosiriani / Catholic Girl From Syros) 3'12'' Sample
13- Rahibe (Kalogria / The Nun) 3'20'' Sample
14- Cakici (Cakicis / Tsakitzis) 3'07'' Sample
15- Ciftetelli (Tsifteteli) 3'11'' Sample
16- Bir Tekne Tutacagim (Mia Varkula Tha Navloso / I'll Set Out in a Boat ) 2'52'' Sample
17- Ucakla Gelecegim (Aeroplano Tha Paro / I'll Take a Plane) 0 3'16'' Sample
18- Yemin Etme Yalanci Kadin (Min Orkizese Vre Pseftra / Don't Make Promises, You Lying Woman ) 3'20'' Sample
19- Neden Geldim Amerika'ya (Why Did I Come to Amerika) 4'05'' Sample
20- Minore Manes 3'21'' Sample
21- Cal Benim Sadik Buzikim ( Pekse Buzuki Mu Pisto / Play My Trusty Bouzouki) 3'25'' Sample
22- Beikos

マリカ・パパギカ/Marika Papagika/Μαρίκα Παπαγκίκα(1890-1943)だが、ギリシアの女性歌手で、アメリカに移民した人らしい。
→この人は現代ギリシアの大衆歌謡レンベティカの歌手?

で、ギリシアではUska DaraのメロディはΑπό ξένο τόπο/Apo xeno topoという曲名でギリシア語の歌詞で歌われている
Από ξένο τόπο/Apo xeno topoの読みは「アポ・クセノ・トポ」。歌詞の最初の部分を曲名にしている。

→これはギリシアの歌なのか、というと違うと思う。以前
Qaddukal mayyas ya 'omriとAda sâhillerinde bekliyorumとΣαν πας στα ξένα
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-115.html
などの記事でも書いたように、ギリシアの歌・トルコの歌・シリアの歌というよりも、旧オスマン帝国の支配領域下に分布する歌、と理解したほうが良いと思われる。

で、ギリシアではギリシア語の歌詞で歌われていて(Από ξένο τόπο/Apo xeno topo)、トルコではトルコ語の歌詞で歌われている。

Από ξένο τόποの歌詞と思われるもの。

Aπό ξένο τόπο κι απ' αλαργινό
ήρθ' ένα κορίτσι, φως μου, δώδεκα χρονώ

Ούτε στην πόρτα βγαίνει ούτε στο στενό
ούτε στο παραθύρι φως μου, δυο λόγια να της πω

Έχει μαύρα μάτια και σγουρά μαλλιά
και στο μάγουλό του, φως μου, έχει μιαν ελιά

Δε μου τη δανείζεις δεν μου την πουλάς
την ελίτσα που 'χεις, φως μου, και με τυραννάς

Δε σου τη δανείζω, δεν σου την πουλώ
μόν' να τη χαρίσω θέλω σε κείνον π' αγαπώ

トルコでは民謡(Türk Halk Müziği)扱い?
→イスタンブール生まれ、イスタンブル没のサフィエ・アイラSafiye Ayla(1907-1998)も歌ってるので、農村の歌ではなく都会的な歌なのかもしれない。サフィエ・アイラSafiye Aylaはサナートとか歌ってるトルコの女性歌手。(サナート=トルコ音楽のジャンルのひとつ。トルコ古典音楽=トルコ芸術音楽=オスマン帝国宮廷音楽的な要素を持つ音楽。)

トルコ語Wikipedia"Safiye Ayla"
http://tr.wikipedia.org/wiki/Safiye_Ayla

トルコの歌の曲名は歌詞の最初の部分であらわされることが多い。
で、トルコではÜsküdar'a gider ikenという曲名。
これは歌詞の最初の部分。
また別名でKatibimとも言っているらしい。
Katibimの名前もおそらく歌詞由来。
Katibimの意味は「彼氏/私の彼氏/私の愛する彼氏/あの人」といったぐらいの意味?kâtibまでが「彼氏」、imが「私のもの」の意味らしい。
kâtib=Kâtipかな?
トルコ語ではbの音がpになってしまったりするっぽいので。
→「トルコ語の文法規則によって、「トルコ語の単語は有声子音 B、 C 、 D、 G で終わることはない」。もしも外来語の中でこれらの子音で終わるものが有る時は、対応する無声子音 P、Ç、 T 、 Kに変わります。」
Üsküdar'a gider ikenの意味は不明。Üsküdar’a Gider İken Aldı Da Bir Yağmurで「ウスクダラに行った時は雨だった」の意味?

トルコ語で kâは「キャー」の発音になる
→参考
東京外国語大学>東外大言語モジュール>トルコ語>発音モジュール理論編>5.子音>3.k, g
http://www.coelang.tufs.ac.jp/modules/tr/pmod2/5-3/1.html

トルコ語の歌詞:

Üsküdar’a Gider İken Aldı Da Bir Yağmur,
Kâtibimin Setresi Uzun Eteği Çamur.
Kâtip Uykudan Uyanmış Gözleri Mahmur.

Kâtip Benim Ben Kâtibin El Ne Karışır,
Kâtibime Kolalı Da Gömlek Ne Güzel Yaraşır.

Üsküdar’a Gider İken Bir Mendil Buldum,
Mendilimin İçine De Lokum Doldurdum.
Kâtibimi Arar İken Yanımda Buldum.

Kâtip Benim Ben Kâtibin El Ne Karışır,
Kâtibime Kolalı Da Gömlek Ne Güzel Yaraşır.

詞の形式はtürküsüらしい。
楽譜
http://notaarsivleri.com/thmnotalar/01140.png
→この楽譜では歌われる地域:イスタンブルになってる。

neyzen.comにも楽譜あった。pdf。
http://www.neyzen.com/nota_arsivi/02_klasik_eserler/066_nihavend/uskudara_gider_iken_ney.pdf

makam:Nihâvendの扱いを受けてる。

トルコはアラブと同族か?
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/6084/usukudara.htm
にカタカナ読みが載ってる。

Üsküdar’a Gider İken Aldı Da Bir Yağmur,
ユスキュダラ ギデリケン アルドゥダ ビル ヤームル

Kâtibimin Setresi Uzun Eteği Çamur.
キャティビミン セティレスィ ウズン エテーイ チャームル

Kâtip Uykudan Uyanmış Gözleri Mahmur.
キャティプ ウイクダン ウヤンムシュ ゲズレリ マームール

Kâtip Benim Ben Kâtibin El Ne Karışır,
キャティプ ベニム ベン キャティビン エルネ カルシュル

Kâtibime Kolalı Da Gömlek Ne Güzel Yaraşır.
キャティビメ クラルダ ゲムレック ネ ギュゼル ヤクシュル


Aldı DaがalddaになっているがAldı Daのほうが良いのでは?
またGözleriを「ゲズレリ」としているが「ギョズレリ」のほうが良いのでは?
Mahmurはマームールではなくマフムルのほうが良いのでは?

江波戸昭「世界の民謡をたずねて」(自由国民社)
に日本語訳が載っているそうだ。

ウスクダラに行った時は雨だった
キャーティップの着物の裾は長く、跳ね上がっていた。
キャーティップは起きたばかりなのか、目がぼんやりしていた。
キャーティップは私のもの 
私はキャーティップのもの
腕を組めるのは私だけ

キャーティップ:アラビア語で「書記」。転じて「下級役人」「彼氏」「亭主」の意

Kâtipはアラビア語のカーティブ kātib كاتب に由来すると思われる。
アラビア語のカーティブ(書記)は「書く」を意味するkatabaの能動分詞に由来
語根はk-t-bで、同じ語根の言葉に本、書籍を意味するキターブがある
例えば、「書く人」=作家:kātib,「書く場所」=机:maktab、「書かれたもの」=本:kitābなど

書く人 kātibは作家・書記の意。
場所を表すマを付けたらmaktabで書く場所、つまり、机の意味。

オスマントルコ語にはアラビア語・ペルシア語の単語が大量に入っていた。

旧ユーゴスラビアでは
Ruse kose curo imaš
という曲名で知られているようだ。
旧ユーゴスラビアというよりセルビアかもしれない。
Ruse kose curo imašの読みは「ルセ・コセ・クロ・イマシュ」?
例によって歌詞の最初の部分が曲名になっている。

Ruse kose curo imašの歌詞

Ruse kose curo imas zalis li ih ti
Aman da ih zalim ne bi ti ih dala
Da ih mrsis ti
Crne oci curo imas zalis li ih ti
Aman da ih zalim ne bi ti ih dala
Da ih pijes ti
Medna usta curo imas zalis li ih ti
Aman da ih zalim ne bi ti ih dala
Da ih ljubis ti

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ブルガリアのドキュメンタリーにChia e tazi pesen?(英題:Whose Is This Song?,2003年,監督Adela Peeva )というのがある。

ギリシャ人、マケドニア人、トルコ人、セルビア人、ブルガリア人が、ある歌(江利チエミが歌った「ウスクダラ」として日本では知られている)の帰属をめぐって争う、という話。

UNAFF2003での紹介ページ。英語。
http://www.unaff.org/2003/f_whose.html

ブルガリア映画「この歌は誰のもの?」
http://gcoe.hus.osaka-u.ac.jp/101022ensyu.pdf

ブルガリア映画「この歌は誰のもの?」(2003年)は、ギリシャ人、マケドニア人、トルコ人、セルビア人、ブルガリア人が、ある歌(江利チエミが歌った「ウスクダラ」として日本では知られている)の帰属をめぐって争う、という話。

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2011/07/01追記

石陽消息
2011-03-11 「ユスキュダルの町に来てみたら」
http://d.hatena.ne.jp/agarih/20110311
に歌詞の日本語訳あり

~トルコ語の実際の歌詞は、訳せばまあこんなところである。

 「ユスキュダルの町に来てみたら
 にわかに雨が降りだして
 おともの彼の長いすそ
 はねがかかってしまったよ
 はて今しがたのお目覚めか
 眠そな目をしておりました
 わたしの腕には彼の腕
 シャツがぱりりとよく似合う

 ユスキュダルの町に来てみたら
 ハンカチ1枚ひろったよ
 わたしのハンカチその中は
 ロクムのお菓子がいっぱいだ
 彼の姿をさがしたら
 隣にすわっておりました
 わたしの腕には彼の腕
 シャツがぱりりとよく似合う」~

江波戸昭「世界の民謡をたずねて」(自由国民社)に載っているという日本語訳と比較してみると面白い。


改定履歴
2010/06/27
Üsküdarの場所、ギリシア語での旧名について追記

2010/06/29
トルコ語で kâは「キャー」の発音になる追記

2010/11/12
関連記事にカラギョズで歌われる歌曲を追加

2011/07/01
ブログ、石陽消息「ユスキュダルの町に来てみたら」よりの日本語訳の情報を追加

関連記事
カラギョズで歌われる歌曲
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-102.html
→カラギョズでもウスクダラが歌われる。

Qaddukal mayyas ya 'omriとAda sâhillerinde bekliyorumとΣαν πας στα ξένα
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-115.html

Candan ErçetinのアルバムAman Doktor
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-114.html
このアルバムにAda Sahillerinde Bekliyorumが含まれている。

Κατινάκι μου γιά σέναとÇanakkale içinde Aynalı Çarşı
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-113.html

Χαρικλάκι/Xariklaki/HariklakiとDarıldın mı gülüm bana/Esmerim güzelim
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-112.html

パナヨティス・トゥンダス,Παναγιώτης Τούντας,Panayiotis Toundas,1886-1942
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-111.html

Δημητρούλα μουとEntarisi Ala Benziyor
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-110.html
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テーマ : 民族音楽
ジャンル : 音楽

Qaddukal mayyas ya 'omriとAda sâhillerinde bekliyorumとΣαν πας στα ξένα

■Qaddukal mayyas ya 'omri/Qadduka 'l mayyas ya 'omri/Qadduka 'l Mayyas/Qadduka-L-Mayyas Ya'umri/qadduka el mayyas

シリアのアレッポの歌。

この歌の題名はアラビア文字でقدك المياسと書くらしい。

Al Turath EnsembleのLa Música De Al-Andalusという1996年のアルバムの15曲目にQad "Qadduka-l-mayyas Yaumri"として含まれている。


La Musica de Al-AndalusLa Musica de Al-Andalus
(2000/08/05)
Al Turath Ensemble

商品詳細を見る


maqamworld.comの説明
http://www.maqamworld.com/forms.html
によるとQadは

The Qadd (plural Qudud)

The Qadd is a popular song genre that originated in the city of Aleppo, Syria. Qudud are also called Qudud Halabiyyah (from Aleppo). The Qadd is light in character, makes use of refrains, and is simple in structure and melody. Although the text in the qudud deals mostly with love, they were originally composed as religious songs.

白いりんごによる適当訳

Qadd(複数形Qudud)

Qaddはシリアのアレッポの街に起源を持つ良く知られた歌の種類である。QududはまたQudud Halabiyyahと呼ばれる (アレッポから?アレッポに由来?)。Qaddは特徴において軽く、リフレインを使用する、そして構造と旋律は単純である。qududのテキストはたいてい愛を主題にするが、それらは元は宗教歌として作曲された。

とのこと。

Lyrics Forum > LYRICS TRANSLATIONS > Arabic lyrics translation
Qadduka L Mayyas
http://www.allthelyrics.com/forum/arabic-lyrics-translation/44014-qadduka-l-mayyas.html
この掲示板のhanidahshanというユーザによるラテン文字転写の歌詞。

Qaddukal mayyas ya 'omri
Ya ghusayn al baan kal yusri
Inta a'hla al-naas fi nathari
Jalla mann sawwaka ya qamari

Ana wa 'habibi fi jneina
Wil warde khayyam 'aleina
Talab minni wisalo
Ya rabbi tistor 'aleina

作詞者は不明。アラブの詩人らしい。

シリア・アレッポ出身?だという男性歌手Sabah Fakhriがこの旋律をアラビア語で歌った。アメリカのラスベガスでの公演で、らしい。Sabah Fakhriはアラブの有名な男性歌手らしい。白黒の古い映像もあるようだ。その映像ではSabah Fakhriが若い。

また、ポストSabah Fakhriである、との評もあるらしいシリアの男性歌手Shadi Jamil/Shadi Jameelがこの旋律をアラビア語で歌った。
2002年のコンサートで歌ったらしい。それ以外の機会にも歌っているだろうが。

アメリカ合衆国ではベリーダンスの曲として知られているらしい。Jesse Cookという人が歌うQadukka-l-Mayyasはアメリカのベリーダンス化されたのか、和声が付いていて、フラメンコギターの音が入っていた。


楽譜発見。
http://www.alsiadi.com/index.html
上記サイトのMusic Scoresから38番Qaduk Al Mayas
Sibelius Scorchでの楽譜(五線譜、閲覧するにはブラウザにSibelius Scorchのプラグインを組み込む必要有り)あり

http://www.alsiadi.com/Qadd_Qaduk_Al_Mayas.htm

上記Sibelius Scorchでの楽譜(MIDIを使ってピアノの音で鳴らすことが出来る)Youtubeで説明している映像↓
http://www.youtube.com/watch?v=j5LAPAzfqrA

■Ada sâhillerinde bekliyorum

trtnotaarsivi.com
http://www.trtnotaarsivi.com/tsm.php
で検索すると

曲名:Ada sâhillerinde bekliyorum
レパートリー番号 Repertuar No: 74
Eserin İlk Dizesi: Ada sâhillerinde bekliyorum
詞 Söz Yazarı: _
旋法(マカム) Makam: ヒジャズ Hicaz
形式 Form: テュルキュ/チュルキュ Türkü
リズム周期(ウスール) Usul: ソフィヤン Sofyan
作曲 Bestekar: _

楽譜
http://www.trtnotaarsivi.com/arsiv/tsm/1-1000/74.gif
手書きっぽい楽譜。

http://notaarsivleri.com/index.html
にもう少し大きい楽譜有り。
TÜRK SANAT MÜZİĞİからHİCAZ MAKAMIに行き、Ada sâhillerinde bekliyorumの歌詞で探す
http://notaarsivleri.com/hicaz/74.jpg
印刷された感じの楽譜。

neyzen.comにも楽譜有り。pdf。
http://www.neyzen.com/

http://www.neyzen.com/nota_arsivi/02_klasik_eserler/034_hicaz/ada_sahillerinde_ney.pdf

歌詞。トルコ語。

Ada sahillerinde bekliyorum
Her zaman yollarını gözlüyorum
Yârim seni serian istiyorum
Beni şâd et Şâdiyem başın için

Her zaman sen yalancı ben kâni
Her zaman orta yerde bir mâni
Her zaman sen uzakta ben müştâk
Her telâkkide bir hayâlin var

Adalar'dan Moda'lara geçilir
Yâr elinden zehir olsa içilir
Bu dünyada başa gelen çekilir
Beni şâd et Şâdiyem başın için

Nerede o mis gibi leylâklar
Sararıp solmak üzre yapraklar
Bana mesken olunca topraklar
Beni yâd et Şâdiyem başın için

Youtubeに
Ada Sahillerinde/ Matia Mou / Halepianos Manes Greek Turkish songs
http://www.youtube.com/watch?v=wY9R9m6sz5o
というビデオを投稿したromeikos2の解説によれば(投稿日2008/05/03、このユーザの国籍はアメリカ合衆国になっている。ギリシアの音楽のビデオを多数投稿している。アメリカに移民したギリシア系の人物か?)

A well known tune in Turkey and also known in Greece and in Syria - supposedly originally from Aleppo. This Turkish version is recorded by the Bursa born Greek, Achilleas Poulos in the US; while the Istanbul Greek Andonis Dalgas and the Izmir born Yiorghos Vidalis perform among the earliest Greek versions. The tune become very popular on Crete, originally associated with a type of urban song centered on the town of Rethymnon, whose most important practitioner was Stelios Foustaleris

白いりんごによる適当訳

トルコで良く知られた旋律、そしてまたギリシアとシリアでも知られている-おそらくオリジナルはアレッポから。このトルコのバージョンはブルサ生まれのギリシア人Achilleas Poulosによってアメリカ合衆国で録音されている;さらに?イスタンブルのギリシア人Andonis Dalgas とイズミル生まれのYiorghos Vidalisは、最も初期のギリシアのバージョンの間で共通して?演じる。この旋律はクレテでとても普及した、最初はレシムノン(レティムノ)の街に集められた?都市の歌の一種と関連付けられていた、そこで最も重要な実演家はStelios Foustalerisだった。

とのこと。
この情報によればトルコのAda sahillerinde bekliyorumはシリアのアレッポのQaddukal mayyas ya 'omriから、ということらしい。

Ada sahillerinde bekliyorumはいろいろな歌手が歌っている。アラベスク(トルコの音楽ジャンルのひとつ)の帝王イブラヒム・タトルセスİbrahim Tatlısesとか。そのほか男性歌手Coşkun Sabah とか。トルコの女性歌手Candan Erçetinも(この人はポップス歌手?)。女性歌手Hamiyet Yücesesとか。

その他、(トルコの音楽ジャンルのひとつの)アラベスクの女性歌手Harika Avcıが以下のようにトルコ語→アラビア語→トルコ語と以下のように歌っていた

トルコ語:
Ada sahillerinde bekliyorum
Her zaman yollarını gözlüyorum
Yarim seni seviyor istiyorum
Beni şad et Şadiye'm başın için

アラビア語:
Qadduka 'l mayyas ya 'omri
Ya ghusayn al baan kal yusri
Inta a'hla al-naas fi nathari
Jalla mann sawwaka ya qamari

トルコ語:
Nerede o mis gibi leylaklar
Sararıp solmak üzre yapraklar
Bana mesken olunca topraklar
Beni yad et Şadiye'm başın için

■Μάτια μου/Matia mou

先に述べたromeikos2投稿のビデオ
Ada Sahillerinde/ Matia Mou / Halepianos Manes Greek Turkish songs
http://www.youtube.com/watch?v=wY9R9m6sz5o
によれば

Andonis Diamantides "Dalgas"がMATIA MOU MATIAという歌詞で、トルコのAda sahillerinde bekliyorumと同じ旋律を歌っている。1929年頃にこのギリシア語の歌詞で歌った録音があるようだ。Andonis Dalgasは現代ギリシアの都市歌謡レンベティカ/レベティカ(単数形レンベティコ/レベティコ)の歌手らしい。男性。

以下の歌詞らしい。ギリシア語。

Μάτια μου, μάτια, μάτια μου, των εματιών μου μάτια,
τα μάτια μου δεν είδανε σαν τα δικά σου μάτια

Αυτά τα μάτια τα γλυκά, τους μάγους θα ρωτήσω,
αχ, αν μ' αγαπούν ειλικρινά, να μην τα λησμονήσω

Μάτια μου, μάτια, μάτια μου, των εματιών μου μάτια,
τα μάτια που σε λάτρευαν, τα έκανες κομμάτια

Αν πας στα ξένα, πάρε κι εμένα,
αχ, πάρε κι εμένα για συντροφιά (2)

■Σαν πας στα ξένα

Kostas Karipis/Kώστας Καρίπης(Constantinople 1890 to 1895生まれ - Athens 1952?没)という男性歌手がギリシア語で歌った録音(1930年)があるようだ。そのタイトルはΣαν πας στα ξένα/San pas sta xena/San pas sta ksenaになっている。全体の旋律は先のAda sahillerinde bekliyorumとΜάτια μουと一致。歌いだしは先のギリシア語歌詞Μάτια μουと同じ。ただ、Σαν πας στα ξέναという歌詞で新しい旋律が付け加えられている。

また、ギリシアのテレビ局でギリシア人によって?以下のようにトルコ語歌詞とギリシア語歌詞を混ぜて歌われたことがあったようだ。

1番
トルコ語歌詞で歌う
Ada sahillerinde bekliyorum
Yarim seni serian istiyorum
Her zamanki yerimde bekliyorum
Beni şâd et şadiye başın için

Nerede o misk gibi leylâklar
Sararıp solmak üzere yapraklar
Bana mesken olunca topraklar
Beni şâd et şadiye başın için

ギリシア語歌詞(ギリシア文字表記および参考用に括弧の中にラテン文字表記、英語訳を追記)
Σαν πας στα ξένα πάρε και μένα
πάρε και μένα για συντροφιά
(San pas sta ksena pare ke mena, pare ke mena gia sintrofia)
(When u will go abroad, take me, take me with u for company)

Όπου και να 'σαι να με θυμάσε,
να με θυμάσε παντότινα.
(Opu ke na se na me thimase / na me thimase pantotina)
(Where ever you are, remember me, remember me enternaly)

2番
トルコ語歌詞で歌う
Ada sahillerinde bekliyorum
Her zaman yollarını gözlüyorum
Seni senden güzelim istiyorum
Beni şaadet şad ile başın için

Nerede o misk gibi leylâklar
Sararıp solmak üzere yapraklar
Bana mesken olunca topraklar
Beni şâd et şadiye başın için

ギリシア語歌詞(ギリシア文字表記および参考用に括弧の中にラテン文字表記、英語訳を追記)
Σαν πας στα ξένα πάρε και μένα
πάρε και μένα για συντροφιά
(San pas sta ksena pare ke mena, pare ke mena gia sintrofia)
(When u will go abroad, take me, take me with u for company)

Όπου και να 'σαι να με θυμάσε,
να με θυμάσε παντότινα.
(Opu ke na se na me thimase / na me thimase pantotina)
(Where ever you are, remember me, remember me enternaly)

■TA VASANA MOU HEROME

先に述べたromeikos2投稿のビデオ
Ada Sahillerinde/ Matia Mou / Halepianos Manes Greek Turkish songs
http://www.youtube.com/watch?v=wY9R9m6sz5o
によれば

ギリシアのクレテ(クレタ)島の港町Ρέθυμνο/レシムノン/レティムノの都市の歌としてTA VASANA MOU HEROME
という歌詞でも同じ旋律が歌われているようだ。

Stelios Foustalierisがboulgariという楽器、Ioannis Bernidakis "Baksevanis"が歌、1938年の録音があるようだ。

またStelios Foustalierisが歌・boulgari演奏しているのはCD/DVD"To Stellaki apo tin Kriti"Aerakis S.A. 705に収められているようだ。

関連記事
Candan ErçetinのアルバムAman Doktor
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-114.html
このアルバムにAda Sahillerinde Bekliyorumが含まれている。

Κατινάκι μου γιά σέναとÇanakkale içinde Aynalı Çarşı
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-113.html

Χαρικλάκι/Xariklaki/HariklakiとDarıldın mı gülüm bana/Esmerim güzelim
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-112.html

パナヨティス・トゥンダス,Παναγιώτης Τούντας,Panayiotis Toundas,1886-1942
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-111.html

Δημητρούλα μουとEntarisi Ala Benziyor
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-110.html

江利チエミ「ウスクダラ」
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-116.html
トルコのÜsküdar’a Gider İkenはギリシアではΑπό ξένο τόπο、旧ユーゴスラビアではRuse kose curo imaš

テーマ : 民族音楽
ジャンル : 音楽

Candan ErçetinのアルバムAman Doktor

「Candan Erçetinの新しいのが出てる」
http://ezg.blog36.fc2.com/blog-entry-59.html

上記記事より知った。

トルコ人の女性歌手Candan Erçetinのアルバム「Aman Doktor」(2005年、DMC)

このアルバムは上記ブログの記事によれば「歌手活動10周年記念企画:トルコとギリシャに伝わる古い歌を両方の言語で歌ってみました」ということらしい。

Tulumba.com
Turkish Music / Modern, Western Influenced / Popular Music
Aman Doktor
http://www.tulumba.com/storeItem.asp?ic=MU939621CF925

Artist: Candan Erçetin
Year: 2005
Publisher: DMC

曲目は以下のとおり。

Aman Doktor (5:52)
Bir Dalda Iki Kiraz/ Sallasana Sallasana (4:28)
Darildinmi Gülüm Bana (4:07)
Indim Hacuz Basina (4:36)
Kücük Yasta Aldim Sazi Elime (4:37)
Zeytinyagli Yiyemem Aman (3:20)
Telgrafin Tellerine Kuslarmi Konar (3:36)
Ada Sahillerinde Bekliyorum (4:22)
Kadifeden Kesesi (3:21)
Kalenin Bedenleri (4:05)
Izmir`in Kavaklari (4:38)
Cadirimin Üstüne (4:23)
Indim Havuz Basina (3:29)

-------------------------------------------------------------
Aman Doktor→たしかトルコ/ギリシア共通の旋律だったはず。

3曲目のDarildinmi Gülüm Banaは
Χαρικλάκι/Xariklaki/HariklakiとDarıldın mı gülüm bana/Esmerim güzelim
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-112.html
で取り上げた

Ada Sahillerinde Bekliyorumはシリア・アレッポのQadd(複数形Qudud)のジャンルに属する歌Qadduka-L-Mayyas Ya'umri、トルコのAda Sahillerinde Bekliyorum、ギリシアのΣαν πας στα ξένα(ラテン文字転記:San pas sta ksena)と旋律が同じ。

Candan ErçetinはEntarisi ala benziyorも歌ってた。この旋律は現代ギリシアの都市歌謡レンベティカのΔημητρούλα μου/Dimitroula mouの旋律と同じ。Δημητρούλα μου/Dimitroula mouはパナヨティス・トゥンダス,Παναγιώτης Τούντας,Panayiotis Toundas,1886-1942の作という。

関連記事
Δημητρούλα μουとEntarisi Ala Benziyor
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-110.html

Χαρικλάκι/Xariklaki/HariklakiとDarıldın mı gülüm bana/Esmerim güzelim
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-112.html

パナヨティス・トゥンダス,Παναγιώτης Τούντας,Panayiotis Toundas,1886-1942
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-111.html

Qaddukal mayyas ya 'omriとAda sâhillerinde bekliyorumとΣαν πας στα ξένα
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-115.html

テーマ : 民族音楽
ジャンル : 音楽

Κατινάκι μου γιά σέναとÇanakkale içinde Aynalı Çarşı

Κατινάκι μου γιά σένα/Katinaki mou ya sena/katinaki mou gia senaは現代ギリシアの都市歌謡レベティカの歌。
Katinaki mou gia senaの意味は英語でFor you my little Katinaらしい。

→この旋律トルコ語の歌Çanakkale içinde Aynalı Çarşıと同じと思われる。

Κατινάκι μου γιά σένα/Katinaki mou ya sena/katinaki mou gia senaの歌詞(ギリシア語)

Κατινάκι μου για σένα, με σκοτώσανε, άμαν, άμαν
Κατινάκι μου για σένα, με σκοτώσανε
[Μέσα στον τεκέ του Φώτη, με ξαπλώσανε, αχ
Aχ, μανούλα μ' αχ] (X2)

Με βαρέσανε καλέ μου, ρε με μπαμπεσιά, άμαν, άμαν
Με βαρέσανε καλέ μου, ρε με μπαμπεσιά
[Αχ, τρεις μαχαιριές μου δώσαν, μέσα στην καρδιά, αχ
Aχ, μανούλα μ' αχ] (X2)

Κι έτσι χάθηκα για σένα, Κατινάκι μου, άμαν, άμαν
Κι έτσι χάθηκα για σένα, Κατινάκι μου
[Απ' τον νταβατζή που έχεις, βρε μανάκι μου, αχ
Aχ, μανούλα μ' αχ] (X2)

------------------------------------------
Çanakkale içinde Aynalı Çarşıは
ÇANAKKALE İÇİNDE で検索すると
Çanakkale içinde vurdular beni
という曲名や
Çanakkale türküsü
という曲名でもひっかかる。
トルコの愛国的な内容のビデオが多い。
チャナッカレに近いゲリボル半島で第一次世界大戦時、ガリポリの戦いがあったから?

http://www.trtnotaarsivi.com/thm.phpでÇanakkale içinde Aynalı Çarşıを調べると

ÇANAKKALE İÇİNDE AYNALI ÇARŞI

Repertuar No: 461
Ezgi Adı: ÇANAKKALE İÇİNDE AYNALI ÇARŞI
Yöresi: KASTAMONU
Kaynak Kişisi: İhsan Ozanoğlu
Derleyen: Muzaffer Sarısözen
Notaya Alan: Muzaffer Sarısözen

楽譜:
http://www.trtnotaarsivi.com/arsiv/thm/1-1000/00461.gif

カスタモヌの歌らしい。
カスタモヌはトルコ北部、アナトリア半島黒海沿岸の県、および県都。
またチャナッカレは、トルコ北西部、アナトリダ半島、マルマラ地方の県、および県都。
チャナッカレの街は港でもある。
チャナッカレ県はダーダネルス海峡の両側の地域。

トルコ軍楽mehterでの演奏もあった。
ギリシア語の歌詞の意味はわからないが題名の意味が英語でFor you my little Katinaらしいのに、何故トルコ語では勇ましい感じのビデオが多いのだろうか。
Çanakkale içinde Aynalı Çarşıの方がテンポがゆっくりめ。

歌詞:
Çanakkale içinde Aynalı Çarşı,
Ana ben gidiyom düşmana karşı.
Of gençliğim eyvah.

Çanakkale içinde vurdular beni
Ölmeden mezara koydular beni
off.. gençliğim eyvah

Çanakkale içinde bir uzun selvi,
Kimimiz nişanlı kimimiz vvli.
Of gençliğim eyvah.

Çanakkale üstünü duman bürüdü,
On üçüncü fırka yürüdü.
Of gençliğim eyvah.

Çanakkale içinde bir dolu testi,
Analar babalar mektubu kesti.
Of gençliğim eyvah

-------------------------------------------------------------------------
追記。

Tsanakkale / Canakkale Greek Turkish (& more) Shared Musics
http://www.youtube.com/watch?v=zA6yLbwZHyI
投稿者:romeikos2
投稿日:2008年05月22日
の説明によると

The famous Turkish song Canakkale, inpired by the events of the Dardanelles/Canakkale campaign in World War I spread early among many of the ethnic groups of the former Ottoman Empire, the Ottoman Army still being multi ethnic at the time. Versions by Bogos Kirecciyan, Amali Baka, Rita Abatzi, Gus Gadinis, Thracian folk musicians and the Boys from Buf

とのこと。

→有名なトルコの歌チャナッカレは、かつてのオスマン帝国を構成する民族集団の多くに広がった。
第一次世界大戦中のダーダネルス/チャナッカレ作戦の出来事に端を発する。


※inpired はinspiredの誤字かな?


※第一次世界大戦中のダーダネルス/チャナッカレ作戦
→ガリポリの戦い(英語: Battle of Gallipoli)は、第一次世界大戦中、連合軍が同盟国側のオスマン帝国の首都イスタンブール占領を目指して行ったガリポリ半島への上陸作戦。ガリポリは、ダーダネルス海峡の西側、エーゲ海からマルマラ海への入り口にあたる半島の英語名で、現在トルコ語でゲリボルと呼ばれる。イギリスではこの戦いをダーダネルス作戦と呼ぶ。

アメリカではGallipoli campaign(ガリポリ作戦)、イギリスではDardanelles Campaign(ダーダネルス作戦)あるいはGallipoli(ガリポリ)、トルコではÇanakkale Savaşları(チャナッカレ戦争)、フランスではLes Dardanelles(ダーダネルス)、オーストラリア、ニュージーランド、アイルランド、ニューファウンドランドではGallipoli Campaign(ガリポリ作戦)あるいは単純にGallipoli(ガリポリ)として知られる。またBattle of Gallipoli(ガリポリの戦闘)としても知られる。

------------------------------------------------------------------------------------
2010/12/30追記。

追記ここから↓

イズミル便り
IZMIR'DEN MERHABA
バイラム旅行-チャナッカレからビガへ
2010-12-01 22:02:35
http://blog.goo.ne.jp/yukacan/e/9097d13dde16138994990da28f2c571c
にダーダネルス海峡に面した街チャナッカレの写真、それからアイナル・チャルシュAynalı Çarşıの写真があった。
→アイナル・チャルシュAynalı Çarşは要は商店街で「イスタンブルのグランドバザールやイズミルの『クズラルアースハン』のミニミニ版」との事。

→さらに、
JP-TR / 日本-トルコ
トルコの観光・伝統文化の総合サイト
チャナッカレ&トロイ観光 〈チャナッカレ市内〉
http://www.jp-tr.com/icerik/travel/canakkale/sehirici.html
にアイナル チャルシュの項が。そこによると、

~1889年、当時チャナッカレの富豪として知られるユダヤ人により建築されたもので、何度か戦争の被害を受け形は変わったものの、1967年以降現在の姿となり、アーケード付き商店街となっています。

この商店街を有名にさせたのが戦争に向う若者の心を歌った「Canakkale Icinde Aynali Carsi(チャナッカレの中のアイナル チャルシュ)」という題名の唄。チャナッカレの人々のみならずトルコ人皆が知る唄。唄の内容は下記のようなものです。

♪ チャナッカレの中のアイナル チャルシュ、お母さん、私は行きます、敵に向って。あぁ我が青春。
♪ チャナッカレの中の高い糸杉、婚約者のいる人、結婚している人、あぁ我が青春。
♪ チャナッカレの上空を煙が覆う、
♪ チャナッカレの中のあふれんばかりの壷、母や父からの手紙も絶ってしまった、あぁ我が青春。~

とのこと。
なるほど上のトルコ語の歌詞はこういう意味だったのか…
「トルコの愛国的な内容のビデオが多かった」「トルコ語では勇ましい感じのビデオが多かった」というのは歌詞の内容から、なのかな?
→それが何故ギリシア語では"For you my little Katina"なんだろう?

Aynalı Çarşıをトルコ語⇔英語翻訳
babylon
http://translation.babylon.com/turkish/to-english/
に掛けると「A mirrored market」とのこと。鏡張りの市場?

トルコ語版Wikipedia"Aynalı Çarşı"(2010/12/30閲覧)
http://tr.wikipedia.org/wiki/Aynal%C4%B1_%C3%87ar%C5%9F%C4%B1
1890年にEliyau Hallioによって建てられた?

この記事の中にÇanakkale Türküsüという文字列が見える
→Çanakkale içinde aynalı çarşıだった

トルコ語版Wikipedia"Çanakkale Türküsü"(2010/12/30閲覧)
http://tr.wikipedia.org/wiki/%C3%87anakkale_T%C3%BCrk%C3%BCs%C3%BC

歌詞:
Çanakkale içinde aynalı çarşı
Ana ben gidiyom düşmana karşı, off, gençliğim eyvah!
Çanakkale içinde bir ağaç servi
Kimimiz nişanlı, kimimiz evli, off, gençliğim eyvah!
Çanakkale içinde bir kırık testi
Analar babalar ümidi kesti, off, gençliğim eyvah!
Çanakkale elinde toplar kuruldu,
Vay bizim uşaklar orda vuruldu, off, gençliğim eyvah!
Çanakkale üstünü duman bürüdü
On üçüncü fırka harbe yürüdü, off, gençliğim eyvah!
Çanakkale içinde vurdular beni
Ölmeden mezara koydular beni, off, gençliğim eyvah!

歌詞の英訳有
英語版Wikipedia"A Ballad for Chanakkale"(2010/12/30閲覧)
http://en.wikipedia.org/wiki/A_Ballad_for_Chanakkale

There is a massive bazaar in Chanakkale
Moma I got going against the enemy, oh, my pitiful youth!
There is a cypress tree with one fang in Chanakkale
Some of us engaged, some others married, oh, my pitiful youth!
There is a broken jug in Chanakkale
Mothers and fathers gave up hoping of us, oh, my pitiful youth!
Cannons were settled on the grounds of Chanakkale
Our comrades were hit on there also, oh, my pitiful youth!
It has covered above Chanakkale by smoke
Thirteenth divisions have come over the enemy, oh, my pitiful youth!
They have shot me in Chanakkale
They have buried me but alive, oh, my pitiful youth!

↑追記ここまで。
------------------------------------------------------------------------------

DHOSE MU TIN EFHI SU
Amalia Baka(vocals)
John Pappas(clarinet)
recorded in New York c.1946
という歌詞のバージョンでの録音もあるようだ。
DHOSE MU TIN EFHI SUはギリシア語?
Amalia Bakaという女性歌手が歌った。クラリネットはJohn Pappas。
1946年ごろ、ニューヨークで録音
→Amalia Bakaという女性はアメリカに移民したギリシア系の人だそうだ。

→Amalia Bakaはギリシア文字でおそらくΑμαλία Βάκα



2011/06/16追記。
トルコとギリシアの住民交換について。

トルコのナショナリズム (佐原 徹哉)
http://am.jungle-jp.com/song06_2.html
より

~トルコ・ナショナリズムの場合も例外ではない。そして、トルコにあっては最もドラスティックにそれが推進された。

 その要因の一つとして看過できないのが、1923年に調印されたローザンヌ条約によってギリシャとの住民交換が行われたことである。ギリシャとトルコはこの条約に基づいて双方の領土内にいる非自国民を交換することを取り決め、こうして、トルコ領内のギリシャ人はギリシャに、ギリシャ国内のトルコ人はトルコへと移住させられることになった。例外的に、ギリシャ領の西トラキアのトルコ人とトルコ領のイスタンブルのギリシャ人はそのまま居住することが認められた。こうした野蛮な措置が、わずか七〇年前に行われたことじたいが驚くべきであるが、より、驚愕すべき事実は、交換の際にギリシャ人とトルコ人を区分する指標が単に宗教であったことである。つまり、キリスト教徒はギリシャ人、イスラム教徒はトルコ人という指標によってすべての人々が機械的に区分けされたのであった。

 住民交換という事件は、新国家の成立にともなって非自国民を強制的に追放するという、一見すると近代ナショナリズム特有の出来事と見えるが、実際には、はるか昔からオスマン帝国で用いられてきた戦後処理の手法の延長であった。オスマン帝国では領土を拡大する度に、従来の領土内のムスリムを集団で新征服地に入植させるスルギュンという制度があったが、この手法は領土が縮小する際にも逆に用いられた。17世紀末にハンガリーを喪失した際にはハンガリーにいたムスリムが強制的にボスニアなどに移住させられたし、一八世紀にオーストリアやロシアとの戦争の度に領土変更の対象となった地域のムスリムの移住が講和条約に盛り込まれた。この手法は帝国内部の所与の民族が独立する際にも転用された。たとえば、スルタンは1832年にセルビア公にたいしてセルビア公国内の農村部に居住するムスリムを強制的にオスマン領に移住させることを約束した。1878年にベルリン条約が締結された後にも、オスマン政府はブルガリアにたいして、ブルガリア国内のムスリムと東ルメリのキリスト教徒を交換することを提案してもいる。後にアルメニア人の大虐殺と呼ばれることになった事件も同様の思考法の延長にある。つまり、住民交換という出来事は、民族主義国家の完成を意味するわけではなく、その出発点にすぎなかった~

との事。

・1923年に行なわれた
・交換の際にギリシャ人とトルコ人を区分する指標は単に宗教のみ
・はるか昔からオスマン帝国で用いられてきた戦後処理の手法の延長

改定履歴
2011/06/16
トルコ・ギリシアの住民交換について追記。

関連記事
Δημητρούλα μουとEntarisi Ala Benziyor
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-110.html

Χαρικλάκι/Xariklaki/HariklakiとDarıldın mı gülüm bana/Esmerim güzelim
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-112.html

トルコ語のチャルシュÇarşı
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-160.html
マケドニア語でのチャルシヤとトルコ語のチャルシュは同じ?

トルコの民族舞踊ゼイベク Zeybekについて調べてみた
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-37.html
第一次世界大戦後、ギリシア人とトルコ人の住民交換が行われた際、アテネ郊外の「ニュースミルナ」地区に住みついた西アナトリアからきたギリシア人によって伝えられ、ギリシアではトルコのゼイベキは「ゼベキコス」になった。

テーマ : 民族音楽
ジャンル : 音楽

Χαρικλάκι/Xariklaki/HariklakiとDarıldın mı gülüm bana/Esmerim güzelim

Δημητρούλα μουとEntarisi Ala Benziyor
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-110.html
でΔημητρούλα μου/Dimitroula mouについて書いたが、

Δημητρούλα μου/Dimitroula mouの他にΧαρικλάκι/XariklakiもしくはHariklakiも同様のもののようだ。
元はトルコの民謡のDarıldın mı gülüm bana(別名Esmerim güzelim)で、「Χαρικλάκιは良く知られたイズミルの歌に基づいている。アナトリア半島のギリシア人の間に普及していた歌だった。ギリシア語の歌詞が与えられたのは1930年代初頭で、イズミル生まれの作曲家パナヨティス・トゥンダスによる」らしい。

情報元。

Youtubeに
Darildin mi gulum bana / Hariklaki Greek Turkish Shared Songs
http://www.youtube.com/watch?v=GFx0zp-d-Lw
を投稿した
romeikos2
(アメリカ合衆国の人らしいが、ギリシアの音楽を多数投稿している。その他トルコとギリシア共通の旋律の音楽についても投稿している)の解説によれば(投稿日2008/06/03)

Hariklakiは良く知られたイズミルの歌Darıldın mı gülüm bana(注:これは他のトルコの民謡と同じく、歌詞の最初の部分を曲名にしている。別名Esmerim güzelimこちらは歌詞の途中の部分)に基づいている。このイズミルの歌はアナトリア半島のギリシア人の間に普及していた。
それは最初に録音された、ギリシア語の歌詞を与えられた。
1930年代初頭。
イズミル生まれの作曲家パナヨティス・トゥンダス
(注:トルコのイズミル=ギリシアではスミルナ、
Παναγιώτης Τούντας / Panayiotis Toundas(1886-1942)
は現代ギリシアの都市部の大衆歌謡レベティカの音楽家としてギリシアで知られる)
の監督のもとで。

原解説↓(英語)

The song Hariklaki has enjoyed enormous popularity in Greece ever since the pop singer Glykeria revived it 20+ years ago. Based on the well known Izmir song Darildin Mi Gulun Bana (Esmerim Guzelim), which was already popular among Anatolian Greeks, it was first recorded and given Greek lyrics in the early 1930s under the direction of the Izmir born composer Panayiotis Toundas. Recorded by both Roza Eskenazi and Rita Abatzi (herself born in Izmir). Victoria Hazan who recorded it in the late 1940s was a Sephardic Jewish immigrant from Izmir or Kasaba who recorded in Greek,Turkish and Ladino. The laterna player, Nikos Armaos, was already famous in Istanbul when he moved to Athens and made a few recordings.

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以下はΧαρικλάκι/Xariklaki/Hariklakiのギリシア語の歌詞?

ΧΑΡΙΚΛΑΚΙ

Χθες το βράδυ Χαρικλάκι
είχες πιάσει τ' οργανάκι
και γλεντούσες μ' ένα αλάνι
κάτω στο Πασαλιμάνι

Ζηλεύω και κλαίγω, άιντε Χαρικλάκι, πως με γέλασες,
άιντε γεια σου, μου την έσκασες

Μες στη μπύρα όταν μπήκες
Χαρικλάκι μου τι γλύκες
με φωνόγραφο και πλάκες
ντακλαδάκι με τους μάγκες

Ναζάκια φιλάκια, άιντε Χαρικλάκι, πως με γέλασες,
άιντε γεια σου, μου την έσκασες

Το πρωί μες στη Γλυφάδα
κούκλα μου αυτοκινητάδα
κολυμπάς σαν πάπια χήνα
και το στρίβεις στη Ραφήνα

Ναζάκια φιλάκια, άιντε Χαρικλάκι, πως με γέλασες,
άιντε γεια σου, μου την έσκασες

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以下はDarıldın mı gülüm bana/Esmerim güzelimの歌詞。

Darıldın mı gülüm bana
Hiç bakmıyorsun bu yana
Darıldınsa barışalım
Kumru gibi koklaşalım
Esmerim,güzelim,tûtî dillim
Ben yanıyorum aman Allah çok seviyorum

Bir gün nadim olacaksın
Beni çok arayacaksın
Ben âh edip ağladıkça
Sen Allah'tan bulacaksın
Esmerim,güzelim,tûtî dillim
Ben yanıyorum aman Allah çok seviyorum

Her zaman üzersin beni
Ah yaramaz çapkın seni
Benim hiç günahım yoktu
Baştan sen çıkardın beni
Esmerim,güzelim,tûtî dillim
Ben yanıyorum aman Allah çok seviyorum

-------------------------------------------------------
↓以下は同じくDarıldın mı gülüm bana/Esmerim güzelimの歌詞。
微妙に表記が違う。

Darıldın mı gülüm bana?
Hiç bakmıyorsun bu yana
Darıldıysan barışalım
Kumru gibi koklaşalım

Esmerim, güzelim,dudu dillim
Ben yanıyorum,amanallah,çok seviyorum

Bir gün nadim olacaksın
Beni çok arayacaksın
Ben ah edip ağladıkça
Sen Allahtan bulacaksın

Esmerim, güzelim,dudu dillim
Ben yanıyorum,amanallah,çok seviyorum

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http://www.trtnotaarsivi.com/tsm.phpでDarıldın mı gülüm banaを検索して探したら、以下の情報。

Darıldın mı gülüm bana hiç bakmıyorsun bu yana
Repertuar No: 3173
Eserin İlk Dizesi:Darıldın mı gülüm bana hiç bakmıyorsun bu yana
Söz Yazarı: _
Makam: Rast
Form: Kanto
Usul: Nim Sofyan
Bestekar: _

楽譜(手書きのもの):
http://www.trtnotaarsivi.com/arsiv/tsm/3001-4000/3173.gif

makamはrastで形式はkanto、ウスール(リズム周期)はNim Sofyan(2/4拍子)だそうだ。
形式はkantoということは民謡では無い?

Neyzen.comにもDarıldın mı gülüm banaの楽譜有り。pdf。こちらのほうが綺麗で読みやすい。
http://www.neyzen.com/nota_arsivi/02_klasik_eserler/075_rast/darildinmi_gulum_bana_ney.pdf

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追記。
kantoについて調べた。
Istanbul singer brings her inspirational story to Corvallis
http://gazettetimes.com/entertainment/article_875666e8-d54a-11de-abe3-001cc4c03286.html
の記事にkantoについて書いてあった。以下の英文。

KANTO
The word “kanto” comes from the word “cantare” in Italian, which means “to sing,” and it was adopted from an Italian vaudeville that was visiting Istanbul in late 1800s. From the early 1900s to the first years of the Republic (1930s), Kanto was the most important entertainment element of Istanbul’s night life. In fact, introduction of the western musical instruments into Turkish music started with Kanto. Back then, it was forbidden for Muslim women to take to the stage and sing, therefore most of the kanto singers were non-Muslim women, particularly Armenians.

白いりんごによる適当訳

カント

語「カントkanto」はイタリア語の語「カンターレcantare」に由来する、それは「歌うこと」を意味する、そしてそれは1800年代後半にイスタンブルを訪れたイタリアのボードビル(寄席演芸)から借用された。1900年代初頭からトルコ共和国(1930年代)の最初の年まで、カントKantoは最も重要な、イスタンブルの夜の生活/ナイトライフの演芸/芸能/ショー/エンターテイ(ン)メントの要素だった。実はトルコ音楽への西洋の楽器の導入はカントKantoとともに始まった。当時、舞台につくこと?、そして歌うことはムスリムの女性には禁じられていた、それ故に、カントの歌手のほとんどは非ムスリム、特にアルメニアの女性だった。

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→3曲目にDarildinmi Gülüm Banaが含まれている。

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