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他文化の認識で分析すると失敗する

イスラーム世界における文理融合論――「宗教と科学」の関係をめぐる考察――

イスラーム世界研究 第1巻 2 号(2007 年)123-147 頁
Kyoto Bulletin of Islamic Area Studies, 1-2 (2007), pp. 123-147

小杉 泰
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授
京都大学イスラーム地域研究センターセンター長

http://www.asafas.kyoto-u.ac.jp/kias/1st_period/contents/pdf/kb1_2/11kosugi.pdf

の、「はじめに」の部分、123ページに、

~さまざまな社会にはそれぞれの固有な「分節化」があり、それを把握しないままに外的な――すなわち他文化における分節化を前提とした――認識枠組みを当てはめて分析すれば、不適切な、場合によっては非常に偏った分析結果をもたらす、ということであった。
 具体的に言えば、政治と宗教をめぐる分節化が異なることを無視したまま、西洋的な「政教一致」という概念をイスラーム世界の現実にあてはめても、イスラーム政治の実態の解明には至らない~

とあった。
→トルコ古典音楽の場合で、言い換えてみる。

さまざまな音楽文化にはそれぞれの固有な「分節化」があり、それを把握しないままに外的な――すなわち他文化における分節化を前提とした――認識枠組みを当てはめて分析すれば、不適切な、場合によっては非常に偏った分析結果をもたらす。
 具体的に言えば、旋律をめぐる分節化が異なることを無視したまま、西洋的な「音階」という概念をトルコ古典音楽の現実にあてはめても、トルコ古典音楽の実態の解明には至らない。


→もう少し言い換えてみる。


トルコ古典音楽のマカーム makam について、固有な認識の枠組みがある事を把握しないまま、外的な――すなわち他文化を前提とした――認識の枠組み(西洋音楽の「音階」)を当てはめてマカームを分析すると、不適切な、場合によっては非常に偏った分析結果をもたらす。

■キーワード
音階 旋法 マカーム makam

関連記事
マカームとは
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-2.html

音程比とセント値
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-78.html
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テーマ : 民族音楽
ジャンル : 音楽

音の遺跡―アラブの人々に受け継がれた身体感覚としての科学(木村伸子)を読んだ取りとめの無い感想

音の遺跡 ―― アラブの人々に受け継がれた身体感覚としての科学 木村伸子
http://synodos.livedoor.biz/archives/1912395.html

文章を書いた木村伸子さんは、東大出て、エジプトの中世社会史研究して、ヴァイオリン弾いて、アラブ音楽を演奏する、という興味深い方。

世の中は広い。本当に色々な方がいるなぁ、と思った。

文章の内容だが、(私の解釈はおかしいかも知れないが)、要するに音程比の美しさを称賛している、と思った。

古代ギリシアのピタゴラス派の流れ。
数学の教科書に出てくる「ピタゴラスの定理」のピタゴラス Πυθαγόρας。

音程比って美しいですね。
もっと言えば数比になるのか…
「世界を支配する原理は数の比である」

数学の先生が数式を「美しい」と言うような感じ。

古代ギリシア→古代ローマ→中世アラブ、ペルシア→オスマン帝国という流れ。

トルコ古典音楽で使われる音程の名前bakiyeはアラビア語のバキーヤに由来し、更にアラビア語のバキーヤ(意味は「残り」)は古代ギリシア語のレインマ λεῖμμα(意味は「残り」)に由来する。イスタンブルに伝わる芸術音楽の理論を辿っていくと、遥か古代、ギリシアまで行ってしまう。

最近トルコ古典音楽のmakamについて「makamは旋律の巡り方である」と考えるようになった。

良く説明されるように音階では無い。
1オクターブの音階とするとMakam NihâvendとMakam Ferah-Fezâは同じになってしまう。

Muallim İsmail Hakkı Bey(1865-1927)作曲のMakam Ferah-Fezâのペシュレヴ(ウスールはFahte)の旋律に見られるようにFerah-Fezâは独特の旋律の動きをする。それによってNihâvendと区別される。

あるいは、もっと極端にmakam=旋律、でいいのかも。

音階よりは旋法に近い。でも西洋中世の教会旋法とmakamは違う。そもそも音楽が違う。教会旋法は西洋音楽で、makamはトルコ古典音楽。

あ、でも繋がってはいるのか…

西洋中世の教会音楽とビザンチン音楽、アラブ音楽、オスマン時代の都市の芸術音楽。

ザハリヤ Zaharya(オスマン帝国時代の音楽家。イスタンブル生まれのギリシア正教徒)はトルコ古典音楽の音楽だけでなく、ギリシア正教会のための音楽も作っている(彼の作曲したギリシア正教会のための聖歌は、めったに演奏されなくて、ザハリヤはギリシア正教音楽の世界よりもトルコ古典音楽の世界での方が有名とのこと)。

makamの事を音階として理解すると、いずれは壁にぶつかる。非常に珍しいmakam、Vech-i Arazbarの歌(Vardakosta Ahmet Ağa作曲のBesteやYürük Semâî)の旋律を聞いているとそれが良く分かる。

Vech-i Arazbar Beste "Ne bulur ehl-i safâ bende vefâdan gayrı"
Vech-i Arazbar Yürük Semâî "Yandırdı beni şevk-i cemâlin ey mâh"
(いづれもVardakosta Ahmet Ağa作曲)

Makam Vech-i Arazbarを「1オクターブの音階」として説明するのは極めて、極めて、困難。主音を決めて、1オクターブの音階としてまとめる事が出来ない。

Abdülbâki Nâsır Dede(1765-1821)の「Tedkîk ü Tahkîk」のラースト Rastの説明にあるように、「ラーストの音で始めて、デュギャーフ、セギャーフ、チャールギャーフの音で曲がり、下のセギャーフ、デュギャーフの音を通ってラーストの音に来てそこで終わる」(by「トルコ音楽にみる伝統と近代」ジェム・ベハール著、新井政美訳、184頁)という旋律の線の動きとして理解するのが良いのでは無いか。

確か増本伎共子先生の雅楽の本に書かれていた「調(西洋音楽の調では無く、雅楽の調)」の説明を読んだ時に思い浮かんだ、「マカームは旋律型の集合体」でも良いかも。

話がずれた。
数比は美しい、ということで、それを極限まで押し進めると、「複雑化」という問題につきあたる。古代ギリシアのアリストクセノスἈριστόξενοςが批判した正にそれ。「全音は半音二つからなる」

実際大きい半音と小さい半音があって、それぞれの音程比は、云々、とするとややこしくなる。普通の人にとってそんなことはどうでも良い。

中国の三分損益法で求めた、前漢の京房の六十律と同じ。南北朝の宋の元嘉年間の銭楽之の三百六十律と同じ。
実際の中国音楽では十二律で満足していた。

西洋音楽でいう所の「転調」の時に起こる問題もある。音程比27:22(ザルザルのウスター)という音程比をあくまで固守するなら、「転調」、アラブ音楽の場合は何と言えばいいのだろう、「転マカーム」?の時にどんどん、どんどんと新しい音程が作られていってしまう。

転マカーム出来ないよ!
転マカームこそマカームの本質なのに。つまり「旋律の巡り方」こそマカームの本質なのに。転調して行くことはマカームの本質なのに。
(ここでは「転調」を狭義の転調では無く、広い意味合いで取っている。音が移行する事がマカームの本質。音の動きがマカーム。だから新しいmakamが作られる。)

かといって平均律(十二平均律でも五十三平均律でも)にまとめると、音程比の、数比の、美しさは楽しめない。平均律にまとめると「転調」をいくら行なっても整合性は保たれるけど。
たくさんのmakamが次々に現れて移り変わっていくKâr-ı Nâtık万歳。

平均律は「妥協だ」という立場もある。一理はあると思う。音程比を美しい、とする立場なら。
でも一方、カラウィタン Karawitan(東南アジアの島嶼国家インドネシアのジャワ島中部の伝統芸能)の音楽の旋律にみられるように妥協というか「あいまいさ」そのものを生かした旋律を否定することになる。
ランチャランLancaran形式でlalas pelog pathet barangのUdan masとpathet limaのUdan Masの旋律の違い、という面白さを否定していると思う(Udan mas→バリ島のじゃないです。ジャワの方)。
妥協してるからこそ、成り立つ。

数比って美しいですね。
雑文でした。

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マカーム・テブリーズMakam Tebrîzって何ですか

マカーム・テブリーズ Makam Tebrîz と言うのを初めて聞いた。
マカーム・テブリーズMakam Tebrîzって何ですか…

Muâllim İsmail Hakkı Bey(1865-1927)がいろいろこのマカームでの歌を作っているらしい。

http://www.notahavuzu.com/
でMakam Tebrîzで調べた結果。
16の歌が見付かった。

Ahû bakışlı bir civan
Form:Şarkı, Makam:Tebrîz,
Bestekâr:Nesim Silviya (Haham), Güftekâr:_, Usûl:Düyek
TRT Repertuar No:218

Aşkımla benim bir sızı kaldıysa yürekte
Form:Şarkı, Makam:Tebrîz,
Bestekâr:Muâllim İsmail Hakkı Bey, Güftekâr:Sâdullah Bey, Usûl:Yürük Semâî
TRT Repertuar No:682

Çamlıkların altında o hicranlı sesiyle
Form:Şarkı, Makam:Tebrîz,
Bestekâr:Muâllim İsmail Hakkı Bey, Güftekâr:Cüneyt Bey, Usûl:Aksak
TRT Repertuar No:2890

Çeşmine müjgânına dil müptelâdır sevdiğim
Form:Şarkı, Makam:Tebrîz,
Bestekâr:Muâllim İsmail Hakkı Bey, Güftekâr:_, Usûl:Ağır Aksak
TRT Repertuar No:2980

Dağ-ı kühenim tâzelenir eşk-i terimden
Form:Şarkı, Makam:Tebrîz,
Bestekâr:Neyzen Ali Rızâ Efendi(Şeyh), Güftekâr:_, Usûl:Aksak
TRT Repertuar No:3120

Derdimin dermânı sensin yâ Muhammed Mustafa yâ Resûlallah
Form:İlâhi, Makam:Tebrîz,
Bestekâr:Abdülkâdir Töre, Güftekâr:Nasûhi Efendi (Kenzî), Usûl:Düyek
TRT Repertuar No:16091

Ey kân-ı kerem bende-i fermânı unuttun
Form:Şarkı, Makam:Tebrîz,
Bestekâr:Neyzen Ali Rızâ Efendi(Şeyh), Güftekâr:_, Usûl:Yürük Semâî
TRT Repertuar No:4161

Eylül'de bir akşamdı o kız sevgilisiyle
Form:Şarkı, Makam:Tebrîz,
Bestekâr:Muâllim İsmail Hakkı Bey, Güftekâr:Cüneyt Bey, Usûl:Aksak
TRT Repertuar No:4360

Gülistân-ı şehr-i hüsnün vasf ederken gül güle
Form:Beste, Makam:Tebrîz,
Bestekâr:Ali Rızâ Efendi(Neyzen-Şeyh), Güftekâr:_, Usûl:Çenber
TRT Repertuar No:5637

Hain Bulgar atamızın mezarını çiğnedi
Form:Marş, Makam:Tebrîz,
Bestekâr:Muâllim İsmail Hakkı Bey, Güftekâr:_, Usûl:Sofyan
TRT Repertuar No:5916

Nâlehân'ım ben firak-ı yâr ile
Form:Şarkı, Makam:Tebrîz,
Bestekâr:Muâllim İsmail Hakkı Bey, Güftekâr:_, Usûl:Devr-i Hindî
TRT Repertuar No:7864

Rakkas bu hâlet senin oynunda mıdır
Form:Şarkı, Makam:Tebrîz,
Bestekâr:Ali Rızâ Efendi (Şeyh), Güftekâr:Nedîm, Usûl:Raks Aksağı
TRT Repertuar No:8818

Sevdâ-zedeyim hâlime rahm eyle efendim
Form:Şarkı, Makam:Tebrîz (Çargâh'ta),
Bestekâr:Muâllim İsmail Hakkı Bey, Güftekâr:Muâllim İsmail Hakkı Bey, Usûl:Aksak
TRT Repertuar No:9755

Söyle ey şûh-i cânânım hûrî-yi Cennet misin
Form:Y.S., Makam:Tebrîz,
Bestekâr:Nesim Silviya (Haham), Güftekâr:_, Usûl:Yürük Semâî
TRT Repertuar No:10183

Tîr-i sitemin ey kâşıyâ câna dokundu
Form:Beste, Makam:Tebrîz,
Bestekâr:Muâllim İsmail Hakkı Bey, Güftekâr:_, Usûl:Firengifer
TRT Repertuar No:10685

Yakın gel kaçma ey şûh-i cihan hüsnün ıyân olsun
Form:A.S., Makam:Tebrîz,
Bestekâr:Muâllim İsmail Hakkı Bey, Güftekâr:Nedîm, Usûl:Aksak Semâî
TRT Repertuar No:11059


Marş=英語で言うmarch=行進曲とか含まれてる…


İstanbul 2010 Avrupa Kültür Başkenti
でMakam Tebrizで探すと33曲見付かる。
Zekai DedeのŞuğul、Akbelel bedru aleyna vahtefet minhül- budur(ウスールusulはSofyan)とかペシュレヴ、サズ・セマイシとか見付かる。

関連記事
イスマイル・ハック・ベイについて
http://minzokuongaku822.blog122.fc2.com/blog-entry-14.html

テーマ : 民族音楽
ジャンル : 音楽

「マカームはジンスより構成されている」のジンス

アラブ古典音楽の音楽理論用語にマカーム مقام maqām (複数形:マカーマート مقامات maqāmāt)というのがある。

مقام maqāmは、トルコ古典音楽(トルコ語:Klâsik Türk Mûsikîsi)の音楽理論用語マカム(トルコ語:makam)の元になった言葉。

そのمقام maqāmは「ジンス جنس jins (複数形:アジュナース اجناس ajnās)より構成されている」と言う時のジンス جنس jins だが、古代ギリシア語に由来する?とのこと。

古代ギリシア語ではゲノス γένος genos と言い、「種類」の意味とのこと。
→「うまれ、由来、種族、種類」の意味?

http://translation.babylon.com/
でギリシア語→英語翻訳して調べたら

γένοςは英語で

n. sex, gender, ilk, family, race, kin, gene, genus, issue, kind, species, stock, strain, brood, breed
の意味とのこと。


ギリシア・ブルガリア教会問題と「オスマン国民」理念
藤波伸嘉
http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/publictn/51/fujinami.pdf
の中で「人種 cins」という表記があるのに気付いた。

同じWebサイトのトルコ語→英語翻訳でcinsを調べてみると
http://translation.babylon.com/turkish/to-english/

n. kind, type, variety, species, genus, sex, gender, race, breed, cast, class, diversity, persuasion, quality, stripe

adj. purebred, pedigree, pedigreed, blooded, pureblooded, well bred
とのこと。



ギリシア語:ゲノス γένος genos

アラビア語:ジンス جنس jins

トルコ語:ジンス cins

なのかな?

アラビア語→英語翻訳でجنسを調べると、
http://translation.babylon.com/

v. nationalize

n. brood, gender, genus, sex, sexiness, sort
との事。

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Hicaz-Zemzemeの名のZemzemeはゼムゼムの井戸と関係がある?

トルコ古典音楽のmakam(マカム、マカーム)にはZemzemeと付くものがある

Hicâz-Zemzeme、Sabâ-Zemzeme

この名のZemzemeはゼムゼムの井戸と関係がある?

ゼムゼムの井戸→サウジアラビアのメッカにある井戸。
メッカのカーバ神殿を取り囲むモスクをマスジド・ハラームという。
マスジド・ハラームに取り囲まれた広場の中にカーバ神殿、ゼムゼムの井戸=ザムザムの泉がある。

Wikipedia"ザムザムの泉"より

~古くからマッカの貴重な水源であり、イスラム社会においては聖なる泉とされている。ザムザムの泉から湧き出る水はザムザムの水と呼ばれイスラム教における聖水のようなものとして扱われている。巡礼に来たムスリムはウムラの儀式が終わるとザムザムの水を飲むのが通例とされている。 この水はサウジアラビアの法律によって国外への持ち出しが禁止されているが、 巡礼者の持ち帰りは日常的に行われており巡礼者の代表的な土産物になっている。マッカの周囲にはザムザムの水を売る店が多数ある~

イスラームの伝承では、イブラーヒーム(アブラハム)の妻ハージャル(ハガル)が、息子イスマーイール(イシュマエル)とともにアラビア半島のメッカに捨てられた。
→息子イスマーイールは、喉が渇いて泣き叫んだ。
→ハージャルは、息子に飲ませる水を求めて、サファーとマルワという丘の間を駆け回ったが見つけられず
→イスマーイールの所に戻ると泣き叫ぶイスマーイールがかかとで砂を掘り返していた場所から水が湧き出た
→彼らはこの泉の水で渇きを癒したとのこと。
この泉がザムザムの泉とのこと。

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